約束の家がもらえず


 彼(38)は、宅配便の運転手をしている。11年前に結婚した妻(35)との2人暮らしだ。

 運転手になる前は、高校卒業後、ふとん製造販売のA社に勤めていが、17年目に退職を余儀なくされた。

 A社に勤めたのは、A社の社長B(59)が彼の高校の先生の友人で、その紹介からだった。

 「一生懸命働きますので、よろしくお願いします」

 最初の出勤日、彼は言った。父を早く亡くした彼は、母を養わなければならず、就職がうれしかったのだ。

 「10年働いて一人前になったら、のれん分けしてやる」

 Bの言葉に彼はやる気が倍増した。

 それから10年、彼はまじめに働いた。10年目の終わりに、Bが言った。

 「のれん分けより、家はどうだ?もう10年勤続したら、あの家をやる」

 「あの家」とは、A社所有の店舗兼居宅のことだ。結婚したばかりの彼は、願ってもないことと喜んだ。のれん分けの約束は、再度10年勤続を条件に店舗兼居宅を贈与するという約束に切り替えられた。

 だが、その後の10年は厳しい道のりになった。

 彼が先輩からマージャンを教えられたのだ。朝帰りが増えたため、仕事が遅くなった。不満を持ったBは、マージャンをしただけで退職させられても異議はない、という誓約書を彼に書かせた。

 勤続17年目のある日、彼は得意先に品物を届け、代金を店に置いて夕刻帰宅した。夜10時ごろ、Bから電話があり、「明日からやめてもらう」と宣告された。

 驚いた彼は、B宅に赴き、解雇理由の説明を求めた。Bは「マージャンばかりして朝帰りし、私にあいさつもせずに帰る」「最近、会社の金がなくなっている。お前が盗んだ」と言うだけだった。

 窃盗の事実はなかったが、彼はどうにもできず、翌日から出勤することはなかった。

 あと3年働けば家がもらえたのにと彼は悔やんでいる。

 
 
契約通り所有権請求は可能

 使用者が「マージャンをしただけで退職させられても異議はない」との誓約を、ほぼ一方的に従業員にさせることは信義則に反し、無効だ。彼は十分な理由もなく、退職を迫られた。これはA社側の理由による一方的な解雇となりうる。

 彼とA社の間では、10年勤続を条件に店舗兼居宅を贈与するという「停止条件付き贈与契約」が結ばれていたと判断される。「10年勤続」の条件は解雇で実現せず、さらにA社は店舗兼居宅の贈与を免れることも認識していたと言える。

 民法130条は、ある条件が成就することで不利益を受ける者が、故意にそれを妨げたときは、相手方は条件が成就したものとみなせると規定する。彼は、店舗兼居宅の所有権を請求できる。

 
  筆者:山上芳子、籔本亜里