彼女(43)の夫(45)は、中堅鉄鋼会社の本社で総務部次長をしていた。最近は管理部門の人員が削減され、多忙で疲れがたまっていた。
本社では月1回、本支店の主任以上で会議が開かれる。終了後、この日も勤務時間外の午後5時から7時ごろまで、社内の会議室で、飲酒を伴う懇談になった。
懇談の準備は総務部が担当し、ビールやつまみなどの費用は会議費として会社が負担した。参加は任意だが、業務上のトラブル、不平不満、他部門への苦言などを腹蔵なく話し合う場だった。ここでの話題がきっかけになり、業務が改善されたこともあった。
夫は立場上、いつも最後まで残っていた。その日も残業疲れや風邪で体調がよくなかったが、関連部署の主任Aから聞いて欲しい話があると言われていたので同席した。
「次長、今回の人員削減や配置転換はひどいです!」
Aは、彼に不満を訴えた。
「ベテランがいなくなり、畑違いの年配者が来ても、戦力ダウン。ますます忙しくなって、パンクしそうです!」
「そう言うな。限られた人員でのやりくりなんだから」
夫は約1時間かけて経緯を説明し、理解を求めた。しかし、Aは納得せず、一緒にいた同僚とさらに訴えた。
結局、Aも含む複数の懇談が午後8時半ごろまで続いた。その間、夫は缶ビール2本、ウイスキー少々を飲んだが、体調のこともあり、通常の飲酒量より控えめだった。酒に強い夫はこれまで懇談の飲酒で居眠りすることはなかったが、9時過ぎまで居眠りをし、その後帰宅した。
だが、駅に向かう途中、雨にぬれた階段で足を踏み外して転落。頭を打撲骨折し、搬送先の病院で亡くなった。
「通勤災害ではないのですか?」
「飲酒の慰労会が業務とはねえ・・・」
彼女は、夫の死に労災保険の適用を求めたが、労基署の反応は鈍く、夫の苦労が報われないことに悔しい思いだ。
|