彼(55)は、都内の住宅メーカーに勤めている。郊外に家を持ち、妻(48)と大学生の息子(22)の3人で平穏に暮らしてきた。
だが、1ヵ月半前、家を取り壊して出ていくよう宣告された。彼が所有する建物の敷地は借地で、地主の次郎(53)が敷地の賃貸借契約を解除すると言ってきたのだ。
話は53年前にさかのぼる。当時、敷地の地主は次郎の父の太郎だった。太郎は彼の父のA男と幼なじみだ。その縁でA男は敷地を借りたのだ。A男はそこに家を2軒建て、家族8人が住み、彼もうち1軒に住み続けてきた。
15年前、父が亡くなって彼が2軒の家を相続した。亡くなる前に他の家族は結婚したり、独立したりして家を離れた。2軒の家は彼に委ねるという合意ができていた。同じ頃、太郎も亡くなり、子の次郎が敷地を相続した。
この間、敷地の賃貸借契約について、地主側の異議はなく、法定更新されてきた。
13年前、彼は空き家になっていた1軒を親類関係にあるB女(50)に譲渡した。彼女は即日、引っ越してきた。B女には重度の障害のある息子がいた。通える施設が彼の家の近くに見つかったことで、住まいを求めていたのだ。
「本当に助かりました。おかげさまで息子も一安心」
「お互い様です。古い家だけど使っていなかったので」
彼は、B女から敷地の地代をもらい、数万円を足して次郎に地代を支払い続けた。
彼は次郎に承諾を求めることもなかったが、次郎もB女の存在は知っていたようだった。クレームもなかった。次郎宅は本件敷地から3キロ離れていて、サラリーマンの次郎は地代がきちんと入っていれば、利用形態には特に関心がなかったのかもしれない。
ところが、最近になって突然出ていけとなったわけだ。
「B女とやらに無断転貸した。契約を解除する」
次郎は借金を抱えている。更地にして売りたいようで、彼は戸惑いを隠せない。
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