結婚を約束したのに


 彼女(43)は、小さな居酒屋を経営している。一度結婚し、娘(10)をもうけたが、8年前に離婚した。

 一郎(51)は3年前、彼女の店に来た。最初は月に一度だったが、週に2〜3回になっていった。彼は家電メーカーの会社員で、妻(51)がいる。妻は衣料品を輸入する会社を経営していた。

 「会社はノルマ、妻は『甲斐性(かいしょう)がない』と責めるんだ」

 一郎の愚痴を彼女は黙って聞いていた。一郎の妻も店に来るようになり、同じように愚痴をこぼしていたからだ。

 年末の夜、妻が彼女に真顔で言った。

 「彼は会社の女と1年以上も同居しているの。夫婦仲は冷めているし、年明け早々には離婚するわ」

 年が明けて、しばらくして一郎が店に来た。

 「女とは別れた。妻とも終わりにしようと思う。本気で考えているのはお前だけだ」

 一郎の口説きはその後も続いたが、彼女は本気にしなかった。ただ、毎日のように口説かれ、内臓の病気が見つかって、将来の不安もあったことから、次第に心が傾いた。

 半年後、病院で待ち伏せしていた一郎が言った。

 「妻とは別れる。お前の病気はおれが治す。一緒になって欲しい」

 彼女はその言葉を信じて、一郎と男女の仲になった。

 彼女は結婚する決心をし、母や妹に一郎を紹介した。

 だが、一郎は妻と離婚の話し合いをしていないどころか、妻が彼女のもとへ押しかけてきた。彼女は一郎が結婚すると約束したので、男女の関係を持ったと説明すると、妻は言葉を荒らげた。

 「慰謝料を500万円くれたら、一郎をあげるわ」

 彼女は一郎にだまされていたことに気がついた。

 その後、妻は店にも押しかけ、客の前で金を請求するなど嫌がらせをした。一郎も見て見ぬふりをしたり、酔った勢いで彼女に手をあげて金を要求したりした。

 彼女は、落ち込んでいる。

 
 
慰謝料請求は「権利の乱用」

 彼女は一郎と男女関係を持ってはいるが、それは将来一郎と結婚できると考えたからだ。というのも、一郎が会社の女性と同居していることなど夫婦関係について、妻が愚痴をこぼし、夫婦仲は冷めているので、離婚するつもりだと話したためである。

 だが、妻は彼女と一郎の関係を知ると、慰謝料500万円を求めるだけでなく、店に押しかけて彼女に嫌がらせをした。結婚まで考えた一郎にも、彼女は金を要求された。

 権利行使にあたっては、相手方の信頼や期待を裏切らないよう、誠実であることが求められる。妻の慰謝料請求権は、ある程度は認められるにしても、その権利を行使することは「信義誠実の原則」に反し、権利の乱用と言える。

 彼女は、慰謝料の請求を拒否できるだろう。

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里