保証人はいなかった


 彼女(65)は、3人の子が独立し、一人暮らしをしている。10年前に死亡した夫が資産を残してくれたので、日常生活には困らなかった。

 5年前、幼なじみの太郎から貸金を申し込まれた。借り主は太郎の娘、花子(43)の夫A男(43)。金額は300万円。A男が経営する建設会社が危機だったのだ。

 「お恥ずかしい話ですが、社員に給料を払いたいので」

 太郎と一緒にいたA男は事情を話して頭を下げた。

 「力を貸してくれんか」と太郎も頭を下げた。

 彼女はA男のまじめな姿を見て助けたいとは思ったが、即答を避けた。

 数日後、彼女は太郎から改めて借金を催促された。

 「連帯保証人を見つけた」

 太郎は、息子の次郎(41)が連帯保証人になることを承諾してくれたと説明した。

 「必要な書類は用意した。契約書にサインしてほしい」

 太郎は、自らが次郎の代理人になり、次郎が連帯保証契約を結ぶとも言った。

 彼女は次郎に確認しようと次郎宅に電話した。すると、妻が出た。

 「次郎は海外出張中です。出発前にそんなお話があったと言っていたような・・・」

 妻が答えようとしていたとき、彼女は次郎と花子の関係が良好なことを思い出した。

 「次郎は姉さん思いだ」

 彼女は次郎が保証人になることを承諾したという話を信じた。次郎は金融機関勤務で経済的にも問題はなかった。

 彼女は、A男に300万円を貸し、太郎が代理して次郎と連帯保証契約を結んだ。

 しかし、半年前の返済期、A男は返済を遅滞し、催告しても応じなかった。太郎も脳出血で死亡してしまった。太郎の相続人は花子と次郎。

 彼女は連帯保証人となっていた次郎に支払いを求めた。

 「知らないよ、借金や保証の話なんて!」

 次郎の連帯保証契約は、太郎の無権代理で結ばれていたのだった。彼女は、太郎に裏切られたと悔やんでいる。

 
 
相続により債務請求は可能

 連帯保証契約の当事者は、次郎と姉の花子である。無権代理人である父、太郎がのこした財産や権利・義務を、彼らが相続した場合の話だ。

 彼らに、無権代理人の責任を追及できるかどうかが焦点だ。履行責任や損害賠償責任などの「無権代理人の債務」は相続の対象になる。次郎と花子は相続したことで、太郎の無権代理人としての債務を承継することになる。

 彼らが太郎の無権代理行為を追認するのを拒絶したとしても、債権者は無権代理人の責任を追及できる。相続という偶然の事象で不可能になるのは不公平、不合理なことだからである。

 彼女は太郎には代理権がなかったことを知らず、知らないことにも落ち度があったわけではない。次郎と花子には貸金を返還請求できる。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里