脱退手当金もらうと


 彼女は、鉄鋼会社勤務の夫がいる専業主婦だ。47年生まれで、60歳になろうとしていた。高校の同窓会で年金が話題になった。

 「私も60歳になっちゃった。年金をもらい始めたの」

 彼女より誕生日が早い友人が、厚生年金を受け取り始めたと言った。

 「昔は年金には無関心だったけど、働いていたおかげで厚生年金が出てよかったわ」

 友人の話から、彼女も若い頃を思い出した。彼女も短大卒業後、結婚するまで約5年間民間会社に勤め、厚生年金に加入していたのだ。

 彼女は帰宅後、当時の年金手帳を探した。しかし、見つからない。勤めた会社は倒産したと聞いていたので、急に心配になった。

 翌日、彼女は社会保険事務所に相談に出かけた。

 「結婚前に加入していた年金の手帳が見つかりません」

 彼女が旧姓と会社名、勤務期間を告げると、担当者は「加入記録が見つかりました」と回答した。

 「本当によかったわ!」

 彼女は涙ぐんだが、担当者がこう付け加えた。

 「加入されていた厚生年金ですが、当時で約4万円、脱退手当金として受け取っておられますね」

 退職と同時に、従前支払われていた厚生年金の保険料相当額が一時金として支給済みになっているという。結局、60歳から厚生年金は受け取れないということである。

 「私はどうなるんですか」

 彼女の不安に対し、担当者はこう言った。

 「65歳から老齢基礎年金を受け取られてはどうですか」

 彼女は、夫と結婚し、86年4月から第三号被保険者の手続きをしているが、国民年金の加入期間が21年と短く、65歳前の繰り上げ支給を受けると、年金額が少なくなるからだ。

 彼女は、35年も前の退職時に脱退手当金を受け取ったのか定かではない。年金なら今どのくらいもらえるのかと、残念な思いでいっぱいだ。

 
 
老齢基礎年金だけの支給に

 現在は公的年金に原則として通算25年以上加入すれば、厚生年金加入期間が1ヶ月でも年金としてもらえる。以前は、年金制度間で加入期間を通算する制度がなく、退職時までに支払った厚生年金の保険料相当額を、一時金として受け取る女性が多かった。結婚退職すると、再就職はしないと考えられていたからだ。

 78までは女性が脱退手当金を受け取れる要件は「被保険者期間2年以上、年齢制限なし」と緩やかで、多くの女性は脱退手当金を選択した。

 共済年金は一時金を返還して年金につなぐことができる場合もあるが、厚生年金は返還できない。脱退年金の受給期間を「カラ期間」として、年金受給に必要な期間に算入できるだけだ。彼女は老齢基礎年金をもらうしかない。

 
  筆者:安田洋子、籔本亜里