相続したくないけど


 彼女(40)は地方の高校を卒業後、東京都内の大学に進学し、東京暮らしを続けている。農業を営む父(64)や祖父(90)の保守的で頑固な考え方が肌に合わなかった。

 9カ月前、祖父が腎不全で亡くなり、彼女は帰省した。

 「じいさんは、この土地で農業一筋。よくやってきた」

 父が、棺に眠る祖父の顔をのぞきながら彼女に言った。

 「苦しい時代が続いても、田畑を捨てなかったものね」

 彼女も相づちを打った。

 ただ、祖父は農機具を大量に買い込み、多額の債務を残していた。相続人は父だけなので、債務は父が引き継ぐ。

 「父さん、おじいちゃんの借金を整理しないと」

 彼女は相続放棄を促した。

 「そうだな。葬式が終わったら考えるよ」

 父は了解したようだったが、その2カ月半後、父も急逝したのだった。

 「とうとう私ひとりになってしまった」

 実家で彼女はつぶやいた。

 父は祖父の相続を放棄していなかったので、葬式後、彼女はその手続をした。面倒を避けようと、その後、父の相続も放棄した。

 だが、父も金融業者のY社から多額の借金をしていた。Y社は祖父が亡くなると、直ちに、利害関係人として父への相続登記を済ませた後、差し押え、競売を申し立てていた。彼女はY社に抗議したが、聞き入れてもらえない。

 Y社の言い分は次の通りだ。祖父が死亡して父が相続人になったが、法定熟慮期間の3カ月内に相続の承認・放棄をせずに死亡したため、父の相続人である彼女が、祖父と父の双方を相続した。「再転相続人」である。これは父の相続を承認する時に限り、祖父の相続を放棄できる。だが彼女は祖父と父の双方の相続を放棄したので、祖父の相続放棄は無効というわけだ。Y社の債務者である父は、祖父から競売対象の土地を相続しているという。

 「放棄が放棄でないとは」

 彼女からため息が漏れた。

 
 
再転相続でも放棄できる

 相続人が相続の承認も放棄もせずに死亡した場合、承認や放棄すべき「熟慮期間」は、最終的な相続人が、自己のために相続開始を知った時から起算が始まる、と民法916条は規定する。

 甲死亡→相続人乙死亡→丙相続という「再転相続」であるが、甲の相続と乙の相続のそれぞれの承認か放棄を選択するために、熟慮して判断する機会は保障されている。

 丙は、乙の相続を放棄する前であれば、甲の相続を放棄することができる。その後、丙が乙の相続を放棄しても、丙が先に甲の相続を放棄した効力が、さかのぼって無効になることはないだろう。

 彼女は祖父の相続を放棄した後、父の相続を放棄しても祖父の相続の放棄に影響しないので、Y社の主張は認められない。

 
  筆者:隈部翔、籔本亜里