取引履歴の照会は?


 彼女(52)は都内で飲食店を経営している。父(78)が17年前に始めた店の姉妹店で、7年前に独立した。

 父は開業以来、母と二人三脚で切り盛りし、毎日調理場に立ち続けてきた。5年前、父が体調を崩し、病院と自宅の往復になると、母が孤軍奮闘で店を支えた。だが、その母も2年前から腸を患い、無理できなくなった。

 そんな時、兄(54)が実家に戻ってきた。食材会社に勤めていたが、不祥事があり、リストラされたのだ。

 「店はおれが継ぐ。母さんは父さんの世話に専念して」

 兄は調理師免許を取得していたが、個人営業の不安定さが嫌で、会社勤めを選んでいた。彼女は兄に反発した。

 「今になって、親が築いた店を継ぐだなんて。ご都合主義じゃないの」

 兄は両親を説き伏せ、店の経営を担うことになったが、兄には父母の味を出すことはできなかった。売り上げは下降線をたどった。8カ月前、兄の手助けをしていた母が急死して暗雲をもたらした。

 「もう店は閉めなきゃいけないかしら・・・」

 彼女がふと漏らしたとき、兄が反論した。

 「母さんはおれに任せると言っていた」

 兄は母から預かっていたという遺言を差し出した。母の預金全額800万円を兄に与えると記されている。

 「兄さんに全部なんて」

 彼女は憤慨すると同時に、母の預金が800万円だったことを不審に思った。母からは「老後に備えて3千万円をためた」と聞いていたからだ。

 彼女はもっとあった母の預金を、兄が勝手に引き出したのではないかと考えた。母が利用していた金融機関に預金の取引履歴を照会した。しかし、窓口の担当者は、共同相続人全員の請求でなければ応じられないという。

 「おれを信用しないのか」

 兄は、取引履歴の照会を求めた彼女を責めた。彼女は不信感を解消できていない。

 
 
相続人に請求権はあるが・・・

 遺言が真正なら、彼女や父は「遺留分減殺請求」ができる。

 相続されるべき一定の割合があるのに、侵害されていると考えられるからだ。共同相続人でも、単独で被相続人の預金取引履歴を開示請求できるかどうかだが、単独の預金者として預金債権を持つと判断されるから、可能だ。

 相続人は、被相続人の契約上の地位を承継し、取得する「包括承継人」だから、自分の預金の取引履歴の開示を求める権利はある。これは遺留分減殺請求者にも適用されるので、彼女は母の預金の取引履歴の開示を請求できる。

ただし、法律上は開示請求権があっても、相続のトラブルに巻き込まれないよう、共同相続人全員の請求でないと応じない金融機関もある。拒否された場合は、裁判も覚悟せざるを得ないだろう。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里