債権支払い拒まれた


 彼(48)は昨年、30年ぶりに高校の同窓会に出席した。ストレスで体調を崩していたが、気分転換に昔の友人に会うのもいいと思ったからだ。

 「童顔は変わらないなあ」

 会場に入ると、A(48)が声をかけてきた。昔から何事にも積極的で、目立つ存在だった男だ。特に親しくはなかったが、自分を覚えていてくれたことがうれしかった。

 「お前も変わらないな。腹が出っ張ったことを除けば」

 Aの中年太りをちゃかすと、彼も久しぶりの再会に自然と気が緩んだ。

 Aは、電機部品製造の小さな会社を経営していた。

 「景気回復なんて、うそだ。うちみたいな中小企業はコスト削減圧力で火の車さ」

 Aは急に真顔になった。

 「突然で悪いが、150万円貸してくれないか。社員へのボーナスなんだ。Y社に同額の売掛金があるから半年後には返す。頼む!」

 Aは深々と頭を下げた。彼は胸につまるものを感じた。彼自身、会社でリストラを担当させられ、精神的に疲労していたからだ。

 「わかった。同級生のよしみだ。半年後には頼むよ」

 彼はAに150万円貸し付けたが、返済されなかった。工員が辞めて、Y社への納品が遅れているためだという。

 「待ってもらうのも悪いから、Yへの売掛金を譲る」

 Aは、借金返済に代えてY社に対する売り掛け債権を譲渡すると言う。彼は現金返済を望んだが、信用力はあるY社だからと考え直し、承諾した。債権譲渡の合意を受け、Aは同日付の内容証明郵便でその旨をY社に通知した。

 数日後、Aの納品が完了したことを確認して、彼はY社に請求した。

 「Aさんから通知が行っているはずです。支払いをお願いしたいのですが」

 「Aさんからの通知は確かに来ていますが、同じ日に別に2通届いているんです」

 彼だけに払うわけにはいかないというY社の説明に、彼は当惑している。

 
 
同日に届いても請求は可能

 売り掛け債権が三重に譲渡され、確定日付がある譲渡通知が同時に、第三者である債務者に届いた場合の話である。債権を譲り受けた3人は自らの債権を全額請求できる。通知自体が、債務者に効力を主張できる「対抗要件」になるからだ。

 債務者も、他の1人に返済するか、債務が消滅しない限り、返済を免れることができない。「他に同順位で譲り受ける人がいる」との主張は返済しない理由にはならない。

 彼がY社に対抗要件を持つのは、Aが確定日付がある通知を出したためである。Y社は通知が同時に来たことを理由にして、返済を拒むことはできない。彼は150万円全額を請求することはできる。だが、他の譲り受け人との間では債権額に応じて分配する義務は生じるだろう。

 
  筆者:隈部翔、籔本亜里