12年前、彼女(45)の夫(48)は脱サラして1級建築士の資格を取得した。取得直後は個人経営で仕事を始めたが、収入も徐々に増え、9年前に会社組織Xに改めた。役員は代表取締役の夫と名目的な彼女のほかは、事務員2人がいるだけで、実質的には夫の個人会社である。
ところが、夫が8ヶ月前、交通事故に遭い、大けがを負った。取引先から車を運転して帰る途中、脇道から突然飛び出してきた車に衝突されたのだ。夫は長期の入院生活を余儀なくされた。
「なんてひどい事故を起こしてくれたのよ!」
彼女は、見舞いにやってきた加害者のY(22)に怒りをぶちまけた。Yはただひたすら謝罪するだけだった。
夫が倒れたことで、会社はピンチに立たされた。設計中の案件が7件、設計自体は一段落しているが、建築現場に足を運んでチェックを要する案件が5件、ほぼ設計依頼の話がまとまった案件も数件あったからだ。
彼女は、夫の弟に応援を求めた。弟も6年前に1級建築士の資格を取得し、名古屋の事務所に勤めていた。夫が動けない間、東京でピンチヒッターになってもらうことにした。相応の報酬も支払う約束をした。
弟は最低週1回は上京し、夫と相談しながら、懸案事項を前に進めてくれたので、当面の危機は乗り越えられた。
しかし、弟も東京に張り付いてはいられなかった。新規の案件は減り、会社の営業成績が漸次下降していった。
夫の容体は回復していったが、仕事の生命線となる利き腕が十分に使えないなど、将来の見通しは立っていない。
「何もかも事故のせいよ。責任をとってよ」
看病と会社のことで、疲れ果てていた彼女は、YとYの親(50)に詰め寄った。
「治療費はともかく、会社の損害まで言われても・・・」
Yらは難色を示した。
彼女はいたたまれない思いである。
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