彼女(41)が、妻子ある彼(53)と同居を始めて10年が過ぎた。その彼の妻(50)から1千万円の慰謝料を支払えと、内容証明郵便が届いた。
「ついに、来てしまった」
彼は中堅旅行会社に勤めていた23年前、会社の幹部の娘と見合い結婚し、長男も生まれた。周囲は順風満帆をうらやんだが、彼自身は会社の閉鎖的な体質に疑問を感じ始めていた。
結婚から6年後、彼は自分が思い描いていた方向にかじを切ることにした。
「会社を辞めてペンションを経営する。ペットも一緒に泊まれる宿だ」
妻は猛反対した。
「とんでもないわ。出世街道に乗ったのに」
「出世はおれの夢じゃない。人生は一度きり。やりたいことをやるんだ」
間もなく彼は退職し、リゾート地でペンション経営を始めた。彼は妻を何度も誘ったが、妻には東京を離れる気はなく、別居生活が始まった。
彼女は、そのペンションの開業時にフロント兼給仕係として彼が雇った従業員だった。彼が毎日、一心不乱に仕事をしている姿に、彼女は次第にひかれていった。
ペンション経営を始めて7年が過ぎたころ、彼は妻に離婚を切り出した。離婚調停も申し立てたが、妻は応じなかった。
ある夜、疲れた表情をしていた彼に彼女が話しかけた。
「何か心配事でも?」
「妻に別れようと話をしているんだが、なかなか難しくて……」
彼は事情を話した。遠くの妻より、身近にいる彼女に信頼を寄せていたのだ。
この夜を境に2人は急接近した。いつしか同居するようになり、10年がたっていた。
最近、彼女の妊娠が判明した。続くところまで続けばいい――彼との関係をそれまではその程度にしか思っていなかったが、妊娠の事実が、彼とずっと一緒にいたい本心を彼女に気づかせた。
慰謝料1千万円。とても彼女が払える額ではない。彼女の心は動揺している。
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