花火が見えなくなった


 彼女(44)は夫(42)と2人で衣料品会社を経営している。1年半前、夫婦でマンションのモデルルームに立ち寄った。「商業地域に近く、自宅から花火大会も見られます」という宣伝文句に強くひかれたからだ。

 「14階建てですが、6階以上なら初夏と9月の花火大会をベランダからご覧になれます。高い建物が並ぶこのあたりではお買い得です」

 マンションを分譲するA社の担当者は言った。

 「花火、いいわね。買い物や交通の便もいいし」

 彼女は気に入った。

 「そうだな。いまの家も買い替え時だし、花火大会は取引先の接待にもいい」

 会社の事務所としても使えると考えた夫も賛成した。2人は3400万円の7階の部屋を選んだ。

 購入にあたり、彼女はベランダに面した部屋の改造を申し入れた。ベランダ側にはリビングダイニングキッチンがあり、隣の6畳の洋室との間には仕切りがあったが、接待に使うために仕切りを取り払いたかった。しかし、間取りプランの変更期限が切れているという理由で断られたため、半年後に引き渡しを受けた後で、自分たちで約70万円をかけてリフォームした。

 引き渡しを受けた翌々月、夫婦はべランダから花火大会を楽しんだ。色鮮やかに夜空に散る花火に満足した。

 ところが1年もしないうち、A社から新しいマンションを建築するとの知らせが届いた。彼女のマンションのベランダの方向に11階建てを建てるという。

 「とんでもないわ。花火大会を見ることができなくなるじゃない!」

 居住者は憤慨した。

 「新しいマンションは関係法令を順守しています」

 A社は説明会を開き、理解を求めた。

 「新しいマンションの計画を知っていたんでしょ、ひどいわ!」

 彼女は怒りを抑えられないでいる。

 
 
信義則に反して賠償求められる

 彼女らは自室から花火大会を見られるという価値を重視し、取引先の接待にも使えると考えてマンションを購入した。A社もそれを知っていたのだから、信義則上、花火大会の見物を妨げないよう配慮すべき義務を負っていた。

 ところがA社は、引き渡し後1年もたたないうちに、近くで別のマンションの建築に着手し、彼女らの部屋から花火大会を見ることができなくした。義務に違反し、損害を賠償しなければならない。

 もっとも、花火大会を見物できる価値の算定はなかなか難しい。取引先の接待のためにしたリフォームも無価値になったとして財産上の損害といえるかは、微妙だ。

 とはいえ、彼女らは精神的苦痛を受けているのだから、少なくとも慰謝料相当の損害賠償は請求できよう。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里