否定された親子関係


 彼女(55)には年の離れた兄のA男(65)と姉のB子(故人)がいた。だが、2人と血はつながっていない。実の親が彼女を育てることができなかったため、父と母に引き取られ、その実子として出生が届けられていたのだ。

 父と母は、彼女を兄や姉と分け隔てなく育て、実の親のことには一言も触れなかった。A男もB子も彼女が実妹でないことを知っていたが、口に出すことはなかった。

 A男は35年前、彼女は15年前にそれぞれ実家を離れ、体をこわして勤めをやめたB子が静養をかねて、実家で父母と暮らしてきた。

 7年前に父が亡くなり、遺産は母がすべて受け継いだ。3年前に母が亡くなると、遺言によりすべての遺産はB子に与えられた。実家の土地と建物が主なものであり、母は自分の死後もB子が暮らしていけるように配慮したのだ。

 そのころ親類の言葉がきっかけで、彼女は自分が父母の実子でないことに気づいた。だが、A男もB子もそれまで通り何も言わなかった。

 「B子と一緒に暮らしてくれないか。体が心配だから」

 A男は妹を気遣って、彼女に同居を求めた。

 「わかったわ。私も心配していたところだから」

 彼女は夫(56)とともに、まもなく実家に引っ越した。

 ところが1年半前、彼女夫婦が旅行で留守にした間にB子が突然、亡くなった。旅行は、B子が「2人で行っておいで。私は大丈夫だから」と勧めてくれたものだった。

 「何をやっていたんだ!B子を頼むと言っただろ!」

 「ごめんなさい。まさか、こんなことになるなんて」

 A男は彼女を責めた。やがて、A男はB子の遺産をすべて自分が継ぐと主張した。

 「お前は父さんと母さんの実の子ではないし、B子の相続人でもない」

 A男は、彼女と父母との実親子関係の不存在確認請求訴訟を提起し、彼女を相続から排除しようとしている。彼女はやりきれない思いでいる。

 
 
不当な結果を招く権利乱用

 A男が彼女と父母の間に親子関係がないことの確認を求めた場合、認められるか。戸籍の記載が事実と異なれば、親子関係不存在の確認を求めることはできる。

 しかし、実の親子と同様に暮らした期間の長さや、親子関係がないと確認されることによる精神的苦痛や経済的不利益、改めて養子縁組を届け出て嫡出子の身分を得られるかなどを考慮し、不存在の確認が著しく不当な結果をもたらす場合、請求は権利の乱用にあたり、許されない。

 彼女は40年以上実子として生活し、A男も彼女が実子でないことを知りながら父母の生存中は親子関係不存在を主張しなかった。父母亡き今、養子縁組の可能性もない。A男の請求は彼女に著しく不当な結果をもたらし、権利乱用で許されないと考える。

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里