和解違反のマンション


 彼女(43)は4年前、東京都内に4千万円のマンションを購入した。2人の息子が大きくなり、それまでの借家では手狭になったからだ。夫(45)は新たに家を借りてもいいと考えたが、新築のマイホームを望んだ彼女が夫を押し切った。購入したのは4階建ての1階。広さや間取り、値段、方角、最寄り駅からの距離など、あれこれ考慮した結果だった。

 ところが1年半ほど前に、南側の隣接地に6階建てマンションの建築計画が明らかになった。生産緑地の札が立っていたので、建物がすぐに建つとは考えていなかった。

 「地主の相続の関係で業者に売られたそうよ」

 「南に6階建てができたら日照が悪くなるわ」

 彼女は同じマンションに住む主婦らと、業者に対して建築を中止するよう要請した。

 「それはできかねます。建築許可もいただいており、手続きはきちんと進めておりますので、ご了解願います」

 業者は予定通り建築を進めると言いはった。

 彼女らは日照侵害のおそれなどを理由に、マンション建築禁止の仮処分を裁判所に申し立てた。その結果、@5階および6階の一部を削り、冬至の日の日影ラインを40a低くする A最も高いところの高さを10a低くする、との内容で裁判上の和解が成立した。

 「不満だけど、これが精いっぱいみたいね」

 彼女らは建築を阻止できなかったことに落胆したが、ギリギリの妥協として和解を受け入れた。

 ところが業者は、その和解に反して、当初の計画どおりにマンションを完成させてしまった。しかも、仮処分の手続きの間に区分所有権の販売を行い、和解成立後に約15件の売買契約を成立させていた。

購入者たちは、和解の内容について業者から説明を受けていなかったという。

 「和解が破られた。許せない!」

 彼女らは、怒りをあらわにしている。
 
 
住民も撤去義務引き継ぐが・・・

 業者に和解違反がある以上、彼女らは、和解の債務不履行にもとづく損害賠償を請求できる。一方、区分所有者に建物の一部撤去と和解の債務不履行にもとづく損害賠償を求めることができるかは、区分所有者にも和解の効力が引き継がれるかに関係する。

 このケースでは和解当事者に錯誤などはなく、和解の内容は拘束力をもつ。区分所有者は和解成立後に所有権を取得したので、和解内容に拘束される立場となり、和解違反の建築部分を撤去する義務を引き継ぐことになる。

 もっとも、撤去が不相当な労力や経済的不利益をもたらす場合には、撤去の請求は権利の乱用として許されず、損害賠償にとどまる。このケースでも撤去は難しいかもしれないが、損害賠償が認められる余地はあろう。

 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里