店の設備費誰が払う

 彼女(53)は2年前、亡父から小さなビルを相続した。ただ、空室がかなりあって維持費だけでも負担になっていたので、借り手がいないかとずっと悩んでいた。そんなとき、仲介業者を通して、A氏(55)から1階の一室を借りたいと申し出があった。

 「ラーメン屋を開きたいんです。これまで借りていた場所が使えなくなるので」

 A氏は20年前にラーメン店を開業したが、これまでは家主側の都合で場所を転々としなければならなかったという。彼女はA氏の様子がちょっと気になったが、賃料が入るならと部屋を貸すことにした。1階は調理室をつくれる設計になっていた。

 賃料は月40万円、賃貸期間5年。彼女は権利金をもらわない代わりに、賃しスペースの修繕その他の工事はすべてA氏側の負担とし、A氏は返還時に金銭的請求を一切しないとの特約を結んだ。

 まもなくA氏はB社に改修工事を依頼し、立派なラーメン店ができあがった。

 それからしばらくは、賃料はきちんと払われていた。しかし、4カ月を過ぎたころから賃料が数カ月遅れるようになった。心配になった彼女が店を見にいくと、A氏の姿はなく、知らない若者が調理室に立っていた。

 「店長さんは?」

 彼女は若者に尋ねた。

 「店長は私です」

 彼女は驚いた。A氏がいつのまにか部屋を無断転貸していたのだ。

 彼女は、A氏の住所を訪ねたが、留守で会えなかった。そこで、無断転貸を理由にA氏との契約を解除した。

 そうこうするうち、B社から彼女に連絡がきた。A氏から請け負った工事の残代金500万円が未払いだが、A氏の所在が不明だから払ってくれという。

 「どうして私が払うのよ」

 「お宅のビルでしょ。いろんな設備を設置した以上、お宅の利益ですから」

彼女は、とんだトラブルに巻き込まれてしまった。

 
 
権利金免除が「利益」の原因

 B社の請求は、改修で彼女が不当利得を得たことを根拠とする。不当利得は法律上の原因なしに利益を得た場合をいうが、このケースでは法律上の原因がないといえるかどうかが問題だ。

 請負業者が代金を賃借人から取り立てられない場合、建物の所有者が法律上の原因なしに工事から利益を受けたということができるのは、賃貸借契約の全体をみて所有者が対価なしに利益を受けたと判断できるときに限られる。

 彼女の場合、B社の工事で受けた利益は、ラーメン店のスペースを営業用建物として賃貸するときに普通なら賃借人であるA氏から得る権利金の支払いを免除したという負担に応じるものであり、法律上の原因なしに受けたとはいえない。したがって彼女は、B社の請求を拒否できる。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里