クーリングオフの効力

 「こんにちは。毎度お世話になります」

 40歳くらいと思われる男が、彼女(66)の自宅を突然訪ねてきたのは1カ月前のことである。

 「町内にお住まいの方の床下などを見て回っています。シロアリとか大丈夫ですか」

 彼の言葉に彼女はギクリとした。自宅は築後30年をこえている。5年前に夫が亡くなって以来、ひとり住まいで、家の傷み具合が気になっていた。でもどうしたらいいのかわからないまま、ずっとそのままにしてきたからだ。

 「ご安心ください。検査は無料ですから」

 検査だけならいいか。彼女がそう思って頼むと、検査は小一時間で終わった。彼は床下の写真や柱の手書き図面などを彼女に見せ、数カ所に傷みがあり、害虫駆除の対策も必要だと報告した。代金は床下修繕費と害虫駆除を合わせて50万円という。

 「長い目で見れば、きっとお得ですよ。大切なお宅ですから」

 彼女はちょっと迷ったが、彼のセールストークに押し切られ、工事の契約を結んだ。工事は、その日の午後に済んでしまった。

 その3日後、訪問勧誘による悪質な業者が最近立ち回っているとの注意が、町内会の回覧板に掲載された、それを読んだ彼女は、工事を頼んだのは失敗だったと気がついた。あわてて役所などに問い合わせ、指示に従って、業者に対しクーリングオフの書面を提出した。

 ところがその翌日、彼が再び訪ねてきて、クーリングオフの撤回を強く迫った。

 「工事は完了しました。害虫も駆除できてよかったでしょ。撤回してくださいよ」

 そう言われると、彼女に再び迷いが生じた。その迷いに彼はすかさずつけ込み、彼女にクーリングオフ撤回の書面を差し入れさせることに成功した。

 数日後、業者から50万円の請求書が届いた。彼女は支払いの準備を始めている。
 
 
撤回しても契約復活しない

 クーリングオフを撤回すると元の契約が復活するのかが、問題となる。

 クーリングオフはその旨の書面を発信したときに、契約を白紙に戻す効力を持つ。契約が解消された以上、クーリングオフを撤回する旨の意思表示をしても、元の契約は復活しないと考える。

 クーリングオフ撤回の意思表示は再契約の申し込みとも評価されるので、事業者がその申込みに応じる場合は、再度、法律で決められた事項を記した書面を交付しなければならない。それがない限り、クーリングオフの手続きに入ることができる期間が始まることなく、申込者はいつでもクーリングオフの権利を行使できると考える。したがって彼女は、すぐにクーリングオフの手続きをとれば、代金を支払う必要はない。

 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里