後から出てきた遺言


大手金融機関に勤める彼女(43)には長兄(50)と次兄(45)がいて、3人とも東京都内で暮らしている。

 3年前、父が実家で亡くなった。父は若いころ、小さな会社を経営していたが、悪質なブローカーにだまされて事業は失敗。その後は祖父の農業を継いでいた。

 「おやじは苦労して、最後までよく働いたよ」

 四十九日の席で、長兄が母(75)や次兄、彼女を前にして言った。

 「いつも家族のことを考えていた」

 次兄が同調した。

 父は250坪(約825平方b)余りの土地を残した。しばらくして遺産分割協議が行われ、母が単独相続した。父から生前、その土地をもらったと信じていた母の意思を尊重するとともに、母が単独所有しても、近い将来には自分たちが相続することになると3人の子は考えた。

 土地の所有権移転の登記手続きは長兄が手伝った。後でわかったことだが、その手続きのころ、母は土地を長兄に相続させる旨の遺言をつくっていた。

 それから1年半後、母が心筋梗塞で亡くなった。父から継いだ土地は、母の遺言に従い、長兄が相続した。

 「兄貴、うまくやったな」

 次兄は、不満だった。

 「今さら仕方ないわ。母さんがいいと思ったんでしょ」

 彼女も合点がいかなかったが、了解することにした。

 ところがその10カ月後、父の自筆証書遺言を、次兄が実家で見つけた。亡くなる2カ月前に作成されたもので、問題の土地を3人の子で分割して相続するよう面積と位置まで指定していた。

 「遺言がある以上、遺産分割協議は無効だ」

 次兄が持ち分を主張した。

 「おまえたちは、母さんの単独所有に合意したんだろ。おやじの遺言があっても関係ないさ」

  長兄は反論した。言い争いを聞きながら、彼女は遺言に父のまじめさを感じていた。
 
 
知らずにした分割協議は無効

相続人が遺産分割を協議する際、遺言で分割方法が定められているときは、その趣旨をできる限り尊重すべきであり、遺言が協議の行方に与える影響力は特別に大きい。

 このケースの父の遺言は、土地の面積と位置を示したうえで、それぞれを3人の子に相続させる趣旨のもので、分割方法をかなりはっきりと定めている。次兄や彼女がその遺言の存在を知っていれば、母が土地を単独相続することには賛成しなかった可能性が極めて高いといえる。

  従って母の意思を尊重し、将来自分たちが相続すると考えたとしても、父の遺言の存在を知らずに行った分割協議で彼女らが母の単独所有に同意したのは、錯誤(誤り)にもとづくものだったといえる。彼女らは分割協議の無効を主張しうる。
 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里