ボートから降りたい


中堅食品メーカーを経営する彼(50)は1年前、大学の釣りサークルの同窓会で、真っ黒に日焼けしたA(52)に声をかけられた。

 「よっ! 繁盛しとるんやろ」

 「ぼちぼち、や。地道な商売やから」

 昔と変わらないAの快活さが、彼にはまぶしかった。

 「仲間とプレジャーボートクラブを立ち上げるんだが、おまえも参加せんか」。Aが彼を誘った。友人10人を募り、1口100万円の出資でボートを共同購入して、海釣りや小航海を楽しむという。

 彼は2口分の出資金を工面し、参加することにした。

 数日後、クラブの結成式が開かれた。出資は合計15口、1500万円が集まった。

 そこで渡されたクラブの規約(組合契約)には、「ボートライフを楽しむ必要事項を記す」という前文に続けて、会員の権利として「ボートを売却または買い替えるとき、売価の15分の1を1口分の取り分とする」、権利の譲渡と退会について「オーナー会議で承認された相手方に譲渡できる。譲渡月の月末をもって退会とする(不良オーナーを防ぐためである)」などと書かれていた。

 また、オーナー会議の決定は1口1票で出席者の票の過半数でなされるとされ、クラブの存続期間については特に定めはなかった。

 2カ月後、クラブは中型ボートを購入した。それと前後して、彼には困った事態がもちあがった。妻(44)が内証で、自宅を担保に借金をしていたことがわかったのだ。外国為替証拠金取引で損失を出したという。

 自宅が競売にかけられてしまう―悩んだ末、彼はクラブに出資した200万円を借金返済に充てることにした。Aに退会の意思を伝え、出資金の返却を求めた。

 「それは無理だ。規約上、任意脱退は権利譲渡の方法によるしかないが、オーナー会議としてOKとはいえない」

  Aは返却を拒んだ。
 
 
脱退を制限する規約は無効

このボートクラブは組合契約によってつくられ、任意脱退を会員の権利譲渡による方法のみに制限している。

 しかし民法は、やむをえない事情や理由がある場合は、組合の存続期間の定めがあるかどうかにかかわらず、組合員はいつでも任意に組合から脱退できる旨を規定している。これに反する組合契約の定めは効力をもたないと考える。なぜなら、やむをえない場合であっても任意の脱退を許さないという組合契約は、組合員の自由を著しく制限するものであり、公の秩序に反するからである。

  したがってボートクラブの規約(組合契約)も、任意脱退を制限している部分は無効といえる。彼はやむをえない事情によることを主張し、脱退して出資金の返却を受けることができよう。
 
  筆者:隈部翔、籔本亜里