彼女(50)はある日、見慣れない銀行名が書かれた封筒を郵便受けに見つけた。
「何かしら……」
開封して驚いた。
郵便は、彼女の夫(52)に対して、父親が知人のために連帯保証した500万円あまりの債務の返済を求める督促状だった。夫の父親は半年ほど前に心筋梗塞で急逝し、夫が唯一の相続人だった。
一人息子だった夫は、故郷での生活を嫌い、大学進学を機に両親の反対を押し切って上京。そのまま東京で就職し、彼女と結婚した。
両親は本音では息子に帰ってきて欲しいと思っていたが、親子関係は決して悪くなかった。ところが、6年前に母親が亡くなって以来、夫と父親の関係は険悪になっていた。母親の葬儀をめぐり、夫と、地元のやり方にこだわる父親が衝突。息子に対するそれまでの父親の不満が、一気に噴き出したのだ。
「長男としての責任をまったく果たしてこなかったおまえに、母さんの葬式についてとやかくいう資格はない。とっとと、東京に帰れ」
それ以来2人は意地を張り合い、連絡も取らなかった。
父親が倒れたとの知らせを親類から受け取った夫は、彼女と2人ですぐに駆けつけた。しかし、到着したその日のうちに、意識が戻らないまま父親は逝った。
葬式代は、100万円あまりの父親の貯金を全額払い戻し、香典を加えて支払った。業者に手伝ってもらって遺品を整理し、父親が住んでいた借家を引き払った。貯金以外に遺産は見あたらず、遺品整理の費用は持ち出しになった。
彼女は帰宅した夫に、送られてきた督促状を見せた。
「お父さんが、連帯保証の借金を遺していたなんて、あなた、知ってた?」
「聞いたこともないよ」
「どうするの。500万円なんて払えないわよ」
「でも、おやじの貯金は全額使ってしまったし、相続放棄は3カ月以内にしないといけないんだよな」 |