映画館開業で借りた金

彼(67)は7年前、商社を定年退職し、妻(66)と一緒に郷里に帰ってきた。町はすっかり寂れていたが、彼には一つの楽しみがあった。それは、町に残る小さな映画館を買い取り、大好きな映画を上映して、故郷の人々に喜んでもらおうという計画だった。

 「あなたも物好きですね。もうかるとは思いませんけど、いいんですね」

 帰郷の1年前、映画館を所有する会社の社長に譲り受けたいと申し出ると、社長は彼をまじまじと見て言った。

 「もうけ仕事は、ずいぶんやってきました。これは定年後の楽しみなんです」

 譲渡はすぐに決まったが、価額が予算を数百万円オーバーし、彼はちょっと困った。

 そんなとき、高校の同級生で地元で会社を経営をしてきたA男(67)が、足りない分を貸すと申し出てくれた。

 「映画館のためなら貸すよ。返済は1年後からでいい。うちは景気がいいから」

 高校時代、校内で暴れては先生を困らせていたA男と、彼は仲が良かったわけではない。だが、今では順調に事業を営んでいる経営者ぶりに、彼は一目置いていた。

 こうして映画館は無事に開館した。小さな古びた小屋で、客席も百席余り。経営は決して楽ではないが、消えると思っていた映画館が生き延びたことに町の人たちが喜び、足を運んでくれる姿に、彼は満足感を覚えた。

 一方、A男は開業資金を出してくれた直後に、東京に進出。借金については特に何も言われなかったので、しばらくするうちに、彼も返済のことを忘れていた。

 ところが7年目を迎えたある日、A男から電話がかかってきた。

 「あの金、すぐに全額返してくれ。こっちも急いでいるんだ」

 A男は資金繰りで慌てているようだった。

 「ちょっと待ってくれないか。急な話なので・・・」

  突然の催促に、彼も返答に窮してしまった。
 
 
商行為として時効主張できる

商行為によって生じた債権は5年で消滅時効にかかる。このケースでは返済開始期から6年たっている。彼が時効を主張して返済を免れるには、映画館の開業準備が商行為にあたるかが問題となる。

誰かが特定の営業を開始する目的で準備をすることは、営業を始める意思を周囲に示したことになる。営業を始めればその人は商人の立場になるので、そのための準備も商人の行為として商行為となる。ただ、相手がその人の営業の意思を認識しているか、または客観的に営業の意思が認識できることが必要と考える。

  彼の場合は、借り入れが映画館開業の準備のためであることをA男は知っており、彼の営業の意思を認識していたといえる。彼は消滅時効を主張できるだろう。

 

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里