養育費を控除なんて


彼女(35)は半年前まで、1歳年上の会社員の夫と一人娘と一緒に、幸せに暮らしていた。そんな彼女の小さな幸福を奪ったのは、突然の交通事故だった。

 その日は、娘の10歳の誕生日だった。自宅近くのファミリーレストランで、3人で夕食を楽しんだ。娘は大好きなクリームコロッケの定食を食べ、食後にバースデーケーキでお祝いをした。満面に笑みを浮かべ、はしゃいでいた娘の姿を、彼女は今も鮮明に覚えている。

 事故が起きたのは、レストランを出た直後だった。彼女が会計で時間がかかっているうちに、夫と娘が店を出て、横断歩道をわたりかけた。

 「あぶない!」

 夫の叫び声が聞こえた。交差点の角からスピードを緩めずに横断歩道に突入してきた車が2人をはねた。すぐに救急車で病院に運ばれたが、夫も娘もまもなく亡くなった。

 事故を起こしたA(28)が雇い主のB(55)とともに謝罪に来た。Bも、Aが仕事の途中で起こした事故に責任を感じていた。しかし、彼女は謝罪を受け入れる気になれず、面会を拒絶。しばらくはぼうぜんと日々を過ごした。

 やがて彼女は、AとBに対し損害賠償を求めた。賠償の主たるものは、夫と娘が生きていたならば得られたであろう利益(逸失利益)だったが、ここで争いが生じた。

 問題になったのは娘の分だった。18歳から働くとして、国の統計である賃金センサスの平均賃金額を基礎にして収入額が計算されたが、ここから彼女の養育費を控除すべきかどうかで対立したのだ。

 「娘さんの養育費は、就労するための一種の必要経費。その支出はなくなったのですから、収入額から控除させていただきたい」

 加害者側は、養育費の控除を主張した。

 「養育費は、娘が得られるはずの収入とは関係ないわ。そもそも私は、望んで養育費を免れたわけではないのよ」

  彼女は強く反発した。
 
 
賠償額から控除許されない

 損害を受けながらも他方で費用の支出を免れた場合に、その利益を損害額から控除して賠償額を算定する「損益相殺」という考え方がある。交通事故で子どもが死んだ場合、親は子どもの損害賠償請求権を相続する。一方で、養育費の支出は必要がなくなるが、その場合に、損益相殺は認められるのだろうか。

 養育費と、子どもが将来得られたであろう収入(逸失利益)との間には、損益相殺によって控除すべき関係がないと考える。なぜなら、養育費は親が負担するものであるが、逸失利益のそもそもの取得者は子どもであり、主体を異にするからだ。

  したがって、子どもの逸失利益から養育費を控除すべきではない。彼女は、養育費控除のない逸失利益を損害賠償として請求できるだろう。
 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里