彼女(48)が1年半前に引っ越してきた町は、住民のつながりが密なところだった。
「お近くに引っ越してきました。これからよろしくお願いします」
彼女は3軒先に暮らすA子(61)に、引っ越しのあいさつをした。A子はこの町で生まれ育ち、町内の人間関係を左右するキーパーソンといわれていた。
「こちらこそよろしく」
朗らかに返ってきたあいさつに、彼女はひと安心した。
1カ月後、彼女は近所の主婦から茶話会に誘われた。それはA子が毎月、自宅で催している会で、町内の主婦たちが集まるという。
「お茶飲み話だけ。でも、とても『重要』よ」
意味深長な誘いの言葉を理解した彼女は、毎月参加するようにした。
ところが半年後、夫が脳梗塞で倒れた。彼女は看病のかたわら、生活費の足しにと化粧品の訪問販売の仕事を始めた。茶話会は、すっかり頭から消えてしまった。
訪問販売は順調にスタートしたが、始めて半年がたった頃から、彼女に対する訪問先の応対が冷ややかになってきた。家の中まで上げてくれた主婦たちが、玄関から先には彼女を入れようとしなかったり、門前にさえも出てこないようになったりしたのだ。
隣人の態度の変化を不審に感じ始めた彼女のもとに、彼女を泥棒だと名指しする内容の匿名の手紙が届いた。驚いた彼女が同僚に相談したところ、真相が判明した。
A子ら数人の主婦が、彼女を盗人扱いするうわさを町に流していたのだ。彼女が訪れた家で衣類や財布がなくなったなど、根も葉もない話が、まことしやかに語られているという。同僚もうわさ話を聞かされたことがあった。
「あなたが、茶話会に断りなしに出なくなったのが、原因らしいわ」
「そんな!お茶飲み話にしてはひどすぎるわ」
彼女は憤り、町を出ることも考え始めた。 |