兄さんはもらいすぎ


彼女(44)の母(70)は47年前に父と見合結婚した。父は代々の家業である不動産業を継いだことから、山林や宅地などいくつかの不動産を持っていた。2人の関係は、長男(46)に次いで長女である彼女が生まれた頃から、冷え始めていった。

 「おれがすることに、いちいち口出しをするな。おれは正しいんだ!」

 母は、良いと思うことはすぐに口に出す性格だった。指図されるのが大嫌いな性分の父は、何かにつけて母に注意されると強く反発し、ささいなことで激しくぶつかった。

 やがて父は、ある女性と交際するようになった。長男は「母さんがうるさすぎるのが原因だ」と言って父に味方した。彼女は「母さんの話を取り合わない父さんがいけないのよ」と、母を支持した。

 父は、母と半分別居の生活をしながらも、子どもたちには「良い父親」としてふるまおうとした。特に、自分に味方する長男には、格別の計らいをした。

長男が結婚した20年前には土地を贈り、15年前に長男が独立起業すると数百万円を贈与した。さらに5年前にも、長期療養した自分を看護してくれた嫁に報いる意味で、長男に再び土地を贈った。

彼女への贈与もあったが、合計すれば長男への贈与額の方がはるかに上回った。

 半年前、父は亡くなった。遺産はすべて長男に譲るよう遺言を残していた。

「兄さんは、たくさんの土地やお金をもらってきたから、差し引くべきね。」

彼女は長男への生前贈与が特別受益にあたり、母と彼女に最低限譲られるはずの相続財産(遺留分)が侵害されたとして、長男への贈与分も相続財産に算入してそれぞれの相続額をはじき出す「遺留分減殺」を主張した。

 「父さんは、おれに感謝していただけだ」

  長男は、ずっと以前の贈与に、遺留分減殺を持ち出すのは不当だと反論。相続争いは暗礁に乗り上げてしまった。
 
 
昔の贈与も遺留分減殺対象

父は全財産を長男に相続させる遺言を残したが、彼女や母も一定割合を遺留分として確保できる。ただし、民法1030条は、遺留分算定の対象となる贈与は相続開始前の1年間にしたものに限ると定めている。それ以前になされた長男への贈与は、遺留分減殺の対象となるかが問題だ。

 民法908条では「生計の資本」にあたる贈与は特別受益とされ、長男への贈与はそれにあたる。その場合、相続開始よりかなり前になされたもので、1030条の要件を満たさなくても、原則として遺留分減殺の対象となる。

対象にならないとすると、遺留分を侵害された相続人が一定の相続割合を確保できないことが起き、遺留分制度の趣旨を損なう。彼女と母は、長男の特別受益に対して遺留分減殺を請求できよう。
 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里