抹消された土地登記


彼女(52)は8年前、実家で事業をしていた弟(48)から土地を譲り受けた。まとまった現金が急に必要となった弟が、土地を買ってくれと申し入れてきたのだ。

 「私でもなくても、買う人はいるでしょ?」

 彼女には、弟の申し入れがふに落ちなかった。

 「姉さんがいいんだ。金ができたら、また買い戻したいし・・・」

 「仕方ないわね。将来、そこに家でも建てて余生を過ごそうかな」

 彼女は弟の頼みを聞き入れ、母から相続した数千万円を代金に充てた。母は1年前に弟のことをよろしくと言い残して亡くなっていた。

東京での仕事が忙しかった彼女は、売買契約も日帰りで済ませた。必要書類などはとりあえず実家に置いてもらい、数日後に受け取りに来ることにした。

 ところが帰京の翌日、彼女は脳出血で倒れてしまった。命に別状はなかったが、しばらくは安静が必要だった。一日も早い職場復帰に心を奪われ、土地のことはすっかり忘れてしまった。

 彼女はやがて仕事に復帰。最近になって、実家の近くの親類に不幸があったため、久しぶりに帰郷した。そこで彼女は驚いた。3年前に弟から買った土地が、いつの間にか、舗装された駐車場に変わっていたのだ。

 「どういうこと!」

 彼女は、弟を問いつめた。しかし、弟はそそくさと逃げ回るだけだった。

登記簿を調べたところ、彼女名義の登記は2年前に、偽造文書などを使って抹消されていた。その後、弟からAという人物に土地は売却されて登記が移転。Aはさらに、8年間の期限でBに土地を賃貸し、Bがそこで駐車場を経営していた。

彼女名義の登記が抹消されたいきさつについては、AもBも何も知らなかった。

  「土地を取り戻したいわ。それにしても弟のやつ、許せない!」
 
 
落ち度なければ権利失わず

自分の買った土地に登記も済ませていた以上、よほどの落ち度がない限り、勝手に名義を書き換えられても権利を失わないのが原則だ。「よほどの落ち度」とは、誰かに名義書き換えの代理権があるように見える状態にしておいたり、名義が勝手に書き換えられたのを知りながらそのまま放置しておいたりしたような場合である。

このケースの彼女の場合は、落ち度がないので、土地の権利を失うことはない。A氏もB氏もとんだ災難だが、権利はない。

ただし、彼女はB氏に土地の返還を求める際、場合によっては、B氏が駐車場に整備したときの費用のうち、土地の価格上昇という形で価値が残っていると評価されるものについては、その分の支払いを要求される可能性は残る。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里