彼女(55)は1年半前、総菜と弁当を売る小さな店を開いた。夫が3年前に亡くなって何もできない状態が長く続いていたが、このままでは自分がダメになってしまうと思ったからだ。食べ物を扱うきっかけは、不摂生を重ね、体調を崩した夫を目の当たりにして、食の大切さを身にしみて感じたことにあった。
店は、知人の紹介でA(58)から借りた。
「ここは商店街の中だから、きっと繁盛しますよ」
Aはこう言って、賃料月額25万円で厨房(ちゅうぼう)付きの店舗を彼女に貸した。
調理師の免許を持っていたが、自分が作る料理をどれだけの人が買ってくれるか、不安はあった。しかし、決めた以上は、と腹をくくった。
それから1年、毎日のようにメニューを工夫し続けた。そのせいか次第に店は知られるようになり、売り上げも少しずつ伸びてきていた。
そんな時、店を明け渡すよう催促する手紙が届いた。催促してきたのは、B(62)という人物。店はもともとBがAに貸したものだが、Aが契約に反して彼女に無断転貸したので、Aとの契約を解約したというのが理由だった。
「無断転貸だなんて、私は知らないわ」
急いでAと連絡をとろうとしたが、電話をかけても誰も出ない。事務所もかぎがかかったままだった。
彼女は翌月分からの賃料支払いをストップした。ことの真相を確認するのが先決だと思ったからだ。Bには時間をほしいと言って、待ってもらうことにした。
すると2カ月後、音信不通のAから電話が来た。
「賃料を滞納しているでしょ。すぐに払ってもらわんと契約解約だよ」
「何をおっしゃるの? お尋ねしたいことがあるのよ!」
彼女は、Aへの賃料支払いを拒みたかった。 |