彼女(28)は9カ月前、同居していた祖父を亡くした。祖父は終戦直後に農地を取得し、農業一筋で一生を過ごしてきた。祖母(78)との間に2男1女をもうけていた。彼女の父は長男で、いったんは東京の電機会社に勤めたが、30年前にUターンして農業を継いだ。ところが、12年前に事故で亡くなった。長女は遠方に嫁ぎ、次男は東京でサラリーマンになっていた。
祖父は、自宅のほかに農地や預貯金などを残した。その遺産分割協議のため、祖母、叔母(53)、叔父(51)、彼女の母(52)と彼女、彼女の弟(26)が集まった。
「母さんが2分の1、残りを皆でというところかな」
叔父が場を仕切らんばかりに切り出した。
「亡くなった兄さんの分は、子どもたちのところにいくのよね」
叔母が、彼女や弟の相続分を確認した。「代襲相続」といって、被相続人(祖父)が亡くなる以前に相続人(彼女の父)が亡くなっている場合に、その子どもが相続人となるものである。
叔父と叔母は各財産の分配について、しばらく、ああでもないこうでもないと、やりとりを続けた。
「私の考えを言ってもいいかい」
祖母が、おもむろに口を開いた。
「私はね、この人がこれまで、よくやってきてくれたことも考えてあげてほしいの。その分を孫たちに融通してやってちょうだい」
祖母は、東京から嫁いできた彼女の母が、夫の生前はもちろん、亡くなった後も、祖父の農作業を無報酬で手伝ってきたことを言ったのだ。
「そうはいってもねえ」
相続人ではない者のことを考慮する必要はないと、叔父は不満げだった。だが彼女は、朝から晩まで働いてきた母を見てきただけに、祖母の言葉がうれしかった。 |