「兄」の本当の父親は誰?

 

彼女(58)は先頃、父を亡くした。晩年は介護が大変だったが、母(84)と一緒に、よい最期をみとることができたと感じていた。

 「疲れたでしょ」

 葬式が無事終わると、彼女は母をねぎらった。

 「あんたもご苦労さま。お父さんも喜んでいるよ」

 彼女が父の介護に一生懸命だったのは、一人娘だからというだけではなかった。彼女は幼かった頃、両親に養子に迎えられた。両親が彼女を大切に育ててくれたことに、強く感謝していたのだ。

 葬式から半年後、母娘のもとに、思わぬ客が現れた。

 「父が亡くなったそうだね。知らせてくれればよかったのに」

 客の名前はA男(60)。両親が、生まれてまもなく養子に出した子だった。ずっと没交渉だったが、相続人としての権利を主張してきたのだ。

 彼女は父から、友人のBという男に養子に出した子がいると聞かされてはいた。それは彼女が養子に入る前の1947年8月のことであり、両親もそれ以上は語ろうとしなかったので、彼女もA男と面識を持つことはなかった。

 A男の突然の訪問に、母は言葉を失っていた。それほど大きなショックを受けている母の姿を、彼女は見たことがなかった。

 母の様子が気になってA男のことを調べ始めた彼女は、やがて疑問にぶつかった。

 A男が生まれたのは46年11月10日。父は母と結婚後、戦争にかり出された。復員したのは同年5月20日。その直後に父母がA男を授かったとしても、出生までの日数が短すぎると思えたのだ。

 彼女がそれとなく示唆すると、母が漏らした。

 「お父さんが、私のためにBさんとの関係をかばってくれたのよ……」

 A男は父の子ではないのではないかと、彼女は考えるようになった。

 
 
嫡出推定が及ばない子か

A男が彼女の父と親子関係があれば、相続人の権利を主張できる。ただ、A男は父の嫡出子(婚姻関係にある夫婦から生まれた子)ではないと思わせる事情がある。

 妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定され、婚姻の成立日から200日経過後、または婚姻の解消もしくは取り消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定される。もっとも、この期間内に生まれても、妻が夫と性交渉を持たなかったことが明らかな子は嫡出推定を受けない。

 A男の場合、父の復員から出生までの日数が短いこと、それ以前に母が父の子を懐胎できなかった事情を考えると、A男は推定が及ばない子と考えられる。彼女は、親子関係不存在確認の訴えで父子関係を否定できる。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里