12年後の売買予約行使

 

彼女(49)は9カ月前、父の訃報(ふほう)を受け取った。木材業を営む父は山から帰る途中、脳出血で倒れたという。母も亡くなっていたので、相続人は弟(46)と2人だった。

 「久しぶりだな、ここに帰ってきたのも……」

 葬式のため降り立ったバス停で弟が言い、彼女もうなずいた。2人とも父と性格が合わず、大学進学のために上京してからは、ほとんど実家に寄りつかなかった。父の死は、近くに暮らす叔父から知らされた。

 葬式の後、彼女らは叔父に相続の手続きを委ねた。いくつかの不動産があったが、2人はあまり関心がなかった。

 半年後、1通の手紙が彼女らに届いた。送り主は「A」とあるが、2人とも知らない名前だった。手紙は、父から相続した土地の一つに付された所有権移転請求権保全の仮登記に基づき、本登記をすることへの承諾を求めていた。理由は、売買予約の予約完結権の行使だという。

 「これって、土地の所有権を失うってこと?」

 「そうかも。この土地って一番いい土地だよね」

 彼女は、叔父に尋ねた。

 「まさか、Aが今さら権利行使するとはね……」

 叔父は事情を知っていた。

 この土地の前の所有者Bは20年前、Aから1000万円を借りた。8年後に全額返済する約束で、その担保として土地の売買予約(将来売買契約を生じさせる契約)をし、その旨の所有権移転請求権保全の仮登記をしていた。

 しかし、8年たってもBは借金を返さず、それから1年後に土地を彼女らの父に譲った。一方、Aも病気で床に伏せるようになり、予約完結権を行使せずにいた。ところが最近、Aの長男が予約完結権に気づき、父親を促したために、行使してきたらしい。

 「まったく今さら……。何とか土地を守りたいわ」

 彼女は決心した。

 
 
消滅時効で請求拒否できる

本件の売買予約は、貸した金の返済がない場合に土地をその金で買い取る契約で、その権利を保全するために仮登記が付された。予約完結権の行使とは、売買予約を実行する意思表示だ。ただ、予約完結権は、それを行使できる時期(貸した金の返済期限)から12年がたっており、10年の消滅時効にかかっている。

 彼女らの父は売買予約の仮登記が付された不動産の第三取得者であり、予約完結権が行使されると、仮登記の効果によって、所有権移転の本登記手続きを承諾する義務を負い、自分の所有権移転登記を抹消される関係にある。したがって予約完結権の消滅によって直接利益を受ける者として、父は消滅時効を主張できる立場にあった。その相続人である彼女らも、時効によってAの請求を拒否できよう。

 
  筆者:大迫恵美子、籔本亜里