客奪い独立と非難され

 

お年寄りの世話が好きな彼女(40)は、3年前から訪問介護事業のA社に勤めていた。肩書はサービス責任者。ケアマネジャーが作ったケアプランと独自に作成した介護計画に基づき、登録ヘルパーに介護サービスの内容を指示し、自らも現場に出ていた。

 彼女はA社から独立し、新たな訪問介護サービスの会社を設立しようと、半年前に計画した。翌々月末での退職をA社に申し出て了承されたが、独立のことは、妨害を恐れて話さなかった。

 会社設立に向けて事務所を借り、介護事業所の指定書類も役所に提出。1カ月後、A社の登録ヘルパーのうち、懇意にしていた20人に会社立ち上げを知らせた。事務所を訪れたヘルパーに彼女は独立の理想を語り、新会社にも登録してもらいたいと誘った。

 同じ頃、利用者宅を訪問した際に、近々退職する旨のあいさつをした。

 「残念ね。あなたにずっとお願いしたいのに……」

 利用者から身の振り方を聞かれて独立の話はしたが、新会社への契約切り替えを勧めることはしなかった。

 そのうち彼女の動きがA社の代表に知られた。

 「利用者とヘルパーを奪おうとしているな!」

 「不当な勧誘などしていません」

 利用者の連絡先や要介護度を記した名簿は、彼女を含めたサービス責任者が管理していたが、秘密情報との表示はなく、社員なら誰でもアクセスできたし、必要に応じてヘルパーにも交付され、そのつど回収されていた。

 彼女は、非難される点はないと思ったが、ヘルパーへの登録の誘いは撤回し、持っていた利用者名簿のコピーもすべて破棄した。

 新会社には数人のヘルパーがA社と重複登録し、契約を切り替える利用者も増えている。彼女は、独立が軌道に乗ることを願っている。

 
 
全体みて競争の正当性判断

彼女が利用者名簿を管理する立場だったことが不正競争にあたるかが、まず問題となる。不正競争防止法が規定する「営業秘密」は、その情報が秘密であることが入手者にすぐわかり、情報に接することができる者を制限していることが必要と考える。

 このケースはそうした状況にはないので営業秘密にあたらず、同法に触れない。雇用契約上の秘密保持義務は利用者のプライバシー保護のためのもので、同法の営業秘密とは直ちに結びつかない。

 次に、彼女の一連の行為が不法行為となるかも問題になるが、ヘルパーの勧誘はよくある重複登録を求めたにとどまり、利用者にも契約切り替えを働きかけてはいない。全体的にみて正当な競争の枠を超えておらず、不法行為とはいえないと考える。

 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里