都内の病院で看護婦長を務める彼女(55)は去年、亡くなった母親から相続した土地に、学生向けアパートの建設を考えた。周辺には有名な大学があって需要が見込めたし、若い人たちのために財産を有効利用できればいいと思ったからだ。
さっそく複数の業者にプランを出してもらい、しゃれたデザインながら比較的リーズナブルな費用で収まる建築会社を選んで工事を依頼した。
「建物は何よりも安全性が大切。大勢の若い人たちが暮らすので、お願いね」
彼女は、建築会社の担当者に繰り返し強調した。阪神淡路大震災が起きたとき、神戸近郊の病院に勤めていた彼女は、地震で倒壊した建物の下敷きになって死んだ多くの若者の姿を目の当たりにした。それだけに、建物の安全性の確保には人一倍神経をとがらせていたのだ。
「もちろんですよ。できるだけ注意しますから」
担当者はうなずいた。彼女は建築請負契約を結ぶ際に、特に大切だと考えた主柱については、耐震性を高めるため当初の設計内容よりも太い断面寸法300ミリ×300ミリの鉄骨を使用するよう、建築会社との間で合意していた。
約5カ月後、マンションは完成し、引き渡された。
ところがまもなく彼女は、主柱に、約束していたものより細い250ミリ×250ミリの鉄骨が使われていたことに気づいた。
「頼んだものと違うわ!」
彼女は抗議した。
「でも、構造計算上はこれで十分安全ですから」
担当者は、法に定める最低基準などはクリアしていることを強調し、建築請負代金の支払いを求めた。
「私にとっては欠陥よ。契約違反だから、代金を全額は支払えないわ」
彼女は、損害賠償分を代金から差し引いて支払うつもりだと主張した。 |