夫の下着に女性の名前

彼女(31)は2年前、彼(36)と見合い結婚した。彼は、父親が社長を務める食品会社の専務取締役をしていた。彼女によると、結婚してまもなく、2人の間に最初のすきま風が吹き始めた。性的関係がうまくいかず、彼に欲求不満がたまっているように見受けられたのだ。

 「ごめんなさい」

 彼女は、彼の機嫌をできるだけ損ねないように努めた。

 「気にするな。平気だよ」

 しばらくして、彼女は、彼が毎週のように、A子(46)という女性の家に出入りしていることを知った。A子は小さな洋裁店を営んでおり、夫はすでになく、子どもが1人いた。出入りを知ったのは、ある夜、酔っぱらって眠り込んだ彼を迎えに来て欲しいと、A子から電話がかかってきたからだ。

 「彼はお酒に弱いのに、飲んじゃうんだよね」

 A子は彼を抱えながら、迎えに来た彼女に言った。家には、彼以外にも男たちが数人集まり、飲食をしながらマージャンに興じていた。A子は男性との酒や遊びに遠慮しないタイプだった。

 「気にしないで。みんなも10年以上の付き合いだから」

 A子は、戸惑う彼女にこともなげに言った。

 翌日、彼女は彼にA子との関係をただした。

 「昔から世話になっているのさ。会社が彼女から金を借りたりしてね。彼女とは何もないよ」

 彼はA子との関係を否定した。しかし、彼女はショックだった。

 その後、彼は公然とA子宅に出入りするようになり、毎週土曜日は徹夜で過ごすのが常となった。彼の下着にA子の名前が刺繍(ししゅう)されていたこともある。

 3人で話し合ったが、A子は何もないというだけで、それ以上は疑念を晴らそうともしない。彼女と彼の関係は破局寸前になっていた。

 
 
平穏な生活を乱す不法行為

このケースでは、彼とA子の間の不貞を認定できるはっきりした証拠はなく、不貞を不法行為とする慰謝料の請求は難しい。だが、A子は、彼女が彼との仲を疑い、A子宅に彼が出入りすることを快く思わず、そのために夫婦の仲が悪化していることを知りながら、彼を自宅に引き入れ、下着に自分の名前を縫い込むなどして、彼女の疑いを大きくし、平穏な夫婦生活を破綻(はたん)に導いている。

 不貞の確証はなくても、一連のA子の行為はそれだけで十分、平穏な夫婦生活を侵害する不法行為と評価できる。したがって、彼女はA子に対して不法行為に基づく慰謝料を請求できよう。ただし、その際の慰謝料の額は、不貞を原因とする場合と比較すると侵害の程度に差があるため、低くならざるをえない。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里