取締役報酬を支払え!

彼(46)が取締役を務める株式会社「A屋」は20年前、義父が設立した。もともと彼は商社マンだったが、6年前に義父に請われてA屋に転職した。義父は彼を誘った事情をこう説明した。

 「一時は長男を後継者に、と考えたこともあったが、あれじゃ無理だと思ってね」

 長男(48)は一人息子。数年前からA屋の取締役に就いていたが、人の好き嫌いが激しく、言うことを聞かない社員は次々と首を切るという厳しい性格だった。

 彼は取締役就任後、アイデアと人脈を生かし、業績向上に努めた。3年前、義父は彼を専務取締役に就任させた。

 この人事に、長男は猛反発した。自分は平取締役のままで、彼が次期社長になる路線が明らかになったからだ。

 A屋の定款では、役員の任期は2年、報酬は株主総会の決議をもって定めるとされている。実際には、株主総会決議で報酬総額の上限が定められ、その後の取締役会で各取締役に期限を定めずに毎月定額の報酬を支払う旨が決議されていた。彼の報酬は月額60万円と決議されていた。

 彼が専務取締役に就任した直後、義父は体調をこわし、数カ月後に急逝した。

 「おれが長男なんだから、あとを継ぐのは当然だろう」

 「社長から、あとを頼むとずっと言われてきたんだ」

 次期社長のいすを巡り、彼と長男との間に争いが起きた。結局、駆け引きに勝った長男が社長に就任した。

 そして1年半前、報酬は払うから出社するなと長男が彼に通告。直後の取締役会で本人の同意のないまま、彼を非常勤取締役にする決議がされた。さらに1カ月後の取締役会で、彼の報酬支払いを翌月以降停止する旨の決議が、その後の株主総会で彼を無報酬とする議案が、いずれも彼の同意のないまま決議された。

 長男の理不尽さに、彼は憤りがおさまらずにいる。

 
 
本人の同意ない変更は無効

彼は、同意をしないまま、非常勤取締役に役職を変更され、無報酬にされた。

 株式会社の取締役報酬はお手盛り防止のため、定款で定めるか株主総会決議で決めることになっている。いったん株主総会決議などで報酬が決められ、それに同意して取締役に就任すれば、最初の就任時の報酬額が、会社とその取締役の契約内容となる。契約内容となったものを、後に一方が他方の同意も得ずに勝手に変更することはできない。

 会社の慣行として任期中に役職変更の時期が来ることや、報酬がなくなる、あるいは減額される恐れがあることを、就任前に承知したうえで取締役に就いたなどの特別な事情がなければ、なおさらである。したがって、彼は会社にこれまでどおりの報酬を請求できる。

 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里