彼女(57)は半年前、父を病気で亡くした。父は45年前に母と一緒に小さな会社を起こし、不動産と株式、預貯金をあわせて1億数千万円の資産を築き上げた。母は5年前に他界したので、父の法定相続人は彼女、長兄(63)、次兄(61)、妹(55)、弟(53)の5人である。
父は遺言を残さなかったので、葬式が終わって2カ月後に兄弟姉妹で遺産分割協議を行った。父母が長い間暮らしてきた家と土地Aは、同居して2人の世話をしてきた彼女が相続した。実家の土地に隣接する土地Bも父名義だったが、そこに家を建てて暮らしている次兄が相続した。残りの不動産や株式、預貯金は適当に分配し、遺産分割は平穏に終了したかにみえた。
ところが1カ月後、次兄が彼女の家にやってきて、注文をつけた。
「土地Aは君のものになったけど、ちょっと考えて欲しいことあるんだ」
先の分割協議による土地の所有名義では、次兄の車の出入りに不便があるので、土地Aのうち、その不便を解消するのに必要な分を譲って欲しいというのだった。
「話し合いで一度決まったことでしょ。今さら……」
彼女は難色を示した。不便といっても車が出入りできないわけではなく、これまでも問題はなかったからだ。
しかし、次兄の押しは強く、彼女も話を避けられない雰囲気になっていた。次兄はノートに図面を書き、譲って欲しい部分を点線で示した。
「面積は若干減るけど、不便はないだろ。何ならもう一度みんなで話し合わないか」
次兄は、専門家の意見も聞いておきたいと、土地Aの権利証などを持って帰った。
数日後、次兄の呼びかけで兄弟姉妹が集められた。次兄は新たな遺産分割協議書を差し出し、合意を求めた。独断で進める次兄のやり方に彼女は反発を強めていた。 |