振り込め詐欺の金返せ

食品会社で経理をしている彼女(60)は、小さな酒屋を営む夫(63)と二人暮らし。15年前に独立した息子(38)は営業マンをしているが、最近は音信が途絶えていた。

 「もしもし、貸した例のお金、そろそろ払ってもらえませんか」

 ある日、店にいた夫のもとに電話が入った。

 「おたくは?」

 夫が確認しようとすると、相手方はさえぎって続けた。

 「とりあえず30万円、明日までに振り込んで」

 相手はそう言うと、口座を指定し、電話を切った。

 翌々日、再び同じ声で電話がかかってきた。

 「払えと言っただろ!」

 相手はいきなりすごんだ。その後も連日、催促の電話がかかってきた。実は夫は、妻に内証で消費者金融に60万円を借りていた。精神的に追いつめられた夫は数日後、店の金から30万円を振り込んだ。

 一方、彼女の方も、思いもよらない電話を職場で受け取っていた。

 「オレだよ、オレ……」

 月末の帳簿整理に忙しかった彼女は、一瞬、相手が誰だかわからなかった。夫ではない。ほかに「オレ」といえば、息子しかいない。

 「あら、電話をくれるなんて珍しいわね」

 彼女は、すっかり息子だと信じて話しかけた。

 「自動車事故を起こしちゃったんだ。修理代に40万円が必要だから、至急振り込んでほしい。振り込んだら、次の番号に電話をして」

 相手は、口座と電話の番号を告げて電話を切った。彼女は銀行に飛び込み、40万円を振り込んだ。その後、指定された番号に電話をすると、被害者の休業補償として102万4500円が必要だと言われ、再び振り込んだ。

 その夜、彼女の話を不審に感じた夫が、自分の一件についても話した。2人は、詐欺だったことに気がついた。

 
 
代位請求も犯人特定が必要

詐欺の被害金をいかに取り戻すか。

 まず、口座名義人、つまり犯人に対して振込金と同額の不当利得返還請求をする方法があるが、口座名義人の特定が壁になる。振込先の銀行に直接返還を求めても、銀行は口座名義人に対して預金返還義務を負っているため、応じてもらえない。そこで、口座名義人に対する不当利得返還請求権を被保全債権として、銀行に対し、口座名義人の預金返還請求権の代位行使をする方法が考えられる。これを債権者代位権という。

 ただし、いずれの場合も、任意の返還は期待できないので、裁判所の力を借りなければならない。そのため、口座名義人=犯人の氏名・住所の特定が不可欠となり、警察の協力がなければ、実際の被害回復は難しい。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里