化粧品販売会社に勤める彼女(41)は東京都内のマンションに1人で住み、仕事ざんまいの毎日を過ごしている。2カ月前の夜遅く、母(70)から電話がかかってきた。
「太郎が家を建て替えると言うんだけど、どう思う?」
太郎(45)は彼女の兄である。母と兄は、父が亡くなった20年前から同居している。父が経営していた印刷会社を兄が継いでいて、実家の一角が事務所になっていた。父の死後、自宅兼事務所の建物は母が相続したが、3年前、母はそれを兄に贈与していた。その自宅兼事務所を、鉄筋コンクリート造り地上5階地下1階建ての印刷工場兼自宅に建て替えるのだという。
彼女は兄とそりが合わなかった。しかし、家の建て替えとなると、放っておくわけにはいかない。家が立っている土地は、母と彼女の共有だからだ。持ち分は母が6割、彼女が4割である。翌日、彼女は兄に電話で真意を尋ねた。
「家が老朽化しているし、会社の事業規模もこの際、大きくしようと思っただけさ」
答えはそっけなかった。
数日後、兄から彼女に、家の取り壊しと新築に同意を求める手紙が届いた。同封されていた1通の契約書に、彼女は驚いた。兄が、母の持ち分を新しい建物のための敷地として、返還時期を定めずに無償で借りる使用貸借契約を結んでいたのだ。
「土地の利用を認めてくれるね」「私は土地の共有者なのに何の相談もないなんて、とても認められないわ」
電話をかけてきた兄に、彼女は反対した。
「母さんと同居する家のためだ。持ち分の半分以上を持つ母さんが同意すれば、土地は使えるんだよ」
兄は、使用貸借契約の有効性を盾に主張した。
「そんなのおかしい。兄さんに貸した覚えはないもの」
彼女は、兄のやり方にぶぜんとしていた。 |