母に相続分ないなんて

「こんなことなら、お父さんの遺産を早く分割しておくべきだった」

 彼女(50)は一昨年に父を亡くし、昨年には母を亡くしたが、遺産相続をめぐって妹・弟との間でもめていた。

 父は三つの土地・建物と現金を残した。法定相続人は母と彼女、彼女の妹(44)と弟(46)の4人。彼女と妹は、父の生前に事業資金や住宅資金をもらっていた。本来なら父が亡くなってから早い時期に遺産分割の取り決めをすべきだったが、弟が相続分を多く要求したため、話し合いがまとまらなかった。

 そうこうするうち、今度は母が体調を崩したので、その看病や入退院などで忙しくなり、遺産分割は先送りになっていた。

 母は自分名義の土地を一つだけ持っていたが、それ以外にさしたる財産はなかった。母の死後、その土地を弟に相続させる旨の公正証書遺言が出てきたので、姉妹と弟の間に再びすきま風が吹いた。

 「私たちがお父さんに融通してもらったから、兄さんはお母さんに頼んだのかしら」

 遺言の存在を知らなかった妹はけげんそうだった。

 彼女は事態が複雑になることを懸念した。母の四十九日が終わると、3人で遺産分割の話し合いをもった。

 「面倒なことになったけど、ふたりとも協力してね」

 彼女は、弟と妹に促した。

 「母さんの遺産はおれが継いだんだから、あとはおやじの分をどうするかだ」

 弟は強気に言い放った。

 「なんか、お姉ちゃんや私が損している気がする」

 妹が続けて言った。

 「お母さんには、お父さんからの相続分があったはずでしょ。それも計算に入れて分割するんじゃないの」

 「おやじの遺産分割の前に母さんは亡くなったから、母さんの相続分なんてないよ」

 弟は強く反論。話し合いは冒頭から暗礁に乗り上げた。

 
 
分割前に死んでも持ち分権

父の死によって相続が始まったものの、遺産分割協議が済まないうちに相続人の一人である母が死亡した場合、母は父の遺産について何らかの権利を持っていたのかどうかが問題となる。権利があったのなら、それは母の財産の一部となり、母の遺産分割の対象になるからである。

 相続人が数人あって遺産分割が確定しないときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有になる。共有持ち分権は具体的な権利であり、それ自体が遺産分割の対象になると考えられる。したがって、母には父の遺産について相続分に応じた共有持ち分権があり、これは母の遺産を構成するので、母の死亡による相続について、父からの相続分も含めて、彼女と弟、妹の間で遺産分割手続きを行う必要がある。

 
  筆者:角田圭子、籔本亜里