彼女(57)がA男(63)の愛人になったのは、27年前。取引先の倒産で東京での事業が行き詰まり、顧客開拓のため札幌を訪れたA男が、すすき野のスナックで知り合ったのが、彼女だった。
「北海道は寒いけど、人情は厚いね」
数件の顧客を開拓できたA男は、水割りを片手に、彼女にしみじみと言った。
「ここは大陸みたいなところだから、おおらかよ」
相づちを打ちながら、彼女は自らの境遇も顧みていた。道央出身の彼女は、高校を出ても仕事がなく、札幌に出て、昼は会社で働きながら夜はスナックで稼いでいた。
出会って1年余りで2人は急接近した。A男には東京に妻子がいたが、仕事の本拠地が札幌に移るに従い、彼女との関係が深まっていた。
事業が失敗した際に、妻や妻の親から激しく責められ、夫婦関係が悪化していたとき、札幌の彼女が世話を焼いてくれたことも背景にあった。
やがて、仕事が順調に回り出したA男は、彼女のために家を建てた。
「小さな土地に小さな家だけど、おれからの礼だよ」
「私のために?」
へそくりをやり繰りし、知り合いになった大工に安く建てさせたと聞き、彼女は感激した。家は未登記のまま引き渡された。
ところが、十数年がたち、2人の関係に亀裂が入り始めた。
愛嬌(あいきょう)のある彼女は、年齢を重ねても魅力を失わなかった。A男が一時期、札幌を離れていた間に、数人の男性からアプローチを受けた。それを知ったA男が激しく嫉妬(しっと)したのが大きな原因だった。
「やった家を返せ! とっとと出ていけ!」
A男は、彼女を罵倒(ばとう)する一方で、未登記の家に自分名義の所有権保存登記を行った。
「私にくれたんでしょ! ずるいわ!」
彼女は無性に腹が立った。 |