家売る契約解除したい

彼女(64)は1年前、長男夫婦と同居することを決めたが、家の広さが十分でなかったので、家と土地を売却したお金で、新たに買い替えることにした。さっそく不動産会社に依頼したところ、まもなくA男(44)が買い主として現れた。A男は入居する社宅の貸与期限が近づいていた。

 2人は不動産会社の仲介で売買契約を締結した。代金は8000万円。手付金100万円を契約締結時に、残金を1年半後の12月20日に支払うこととした。売却目的が住宅の買い替えにあることが明記され、彼女が新たに買う物件を決めた際は、A男は新物件の契約締結時までに残った代金を支払うが、代金完済後も1年半後の12月20日を限度として3カ月間、引き渡しを延期できる特約が付けられた。

 代金8000万円は登記簿上の面積を前提としたが、彼女の土地は古い分譲地だったので、契約後に改めて実測した面積に基づいて最終的な金額を決めることとした。契約締結から8日後に実測したところ、登記簿よりわずかに広いことが判明し、代金は8250万円に確定。実測費用14万円はA男が負担した。

 一方、彼女は、都心に移転先を探し続けたが、もとの家と土地の売却代金では、希望する住宅を買うのは難しいと感じ始めていた。

 「今からでも家を売るのをやめてもいいかしら?」

 家探しに疲れた彼女は、不動産会社に相談した。

 「手付金の倍返し、つまり200万円を払って、契約を解除しますか」

 彼女は契約解除をA男に申し出た。しかし、A男は頑として拒否した。

 「勤務先から融資を受ける手続きも進めている。土地の実測だって私がやったんだ。今さら解除なんて」

 A男は、契約の履行を請求する書面を送ってきた。

 
 
着手前なら手付金倍返しで

   

手付金100万円は解約手付けの趣旨を含む。彼女は、A男が契約の履行に着手するまでは、手付金の倍額を返して契約を解除できる。履行に着手したかどうかは、どんな行為がいつ、どのようになされたかや、履行期を定めた趣旨や目的などを総合的に考えて判断される。

 履行期として1年半後の12月20日が定められたのは、家の売却目的が住宅買い替えの資金調達にあり、買い替え物件を探すために猶予期間も必要としたことにある。

 一方、A男は契約直後に土地を実測したが、履行期よりもかなり前の時期であり、実測自体、契約内容の確定に必要とはいえ、買い主の債務の履行ではない。また、単に融資の手続きを進めていると伝えるだけでは、履行の着手といいがたい。測量費用14万円は支払う必要があるが、彼女は契約を解除できる。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里