財産を手放した別居の夫

彼女(45)が夫(50)と職場結婚したのは15年前。まもなく長男(14)と次男(12)が生まれた。ところが、夫は愛人をつくって家に寄りつかなくなり、たまに家に居てもほとんど口をきかない状態になった。

 「お前とはやっていけない……」

 4年半前、夫は彼女に別れ話を切り出した。

 「ずいぶん勝手ね。私や子どもたちを何だと思っているの」

 彼女は、怒りを通り越して半ばあきれてしまった。とはいえ、すぐに離婚するつもりもなかった。ずっと専業主婦だったので、2人の息子を食べさせるだけの働き口を見つけるのは容易ではない。夫が外で暮らしたいなら、それもよし。しかし、生活費や教育費は確保しようと考えた。

 夫に離婚を持ちかけられてから半年後、裁判所で調停が行われた。その結果、子どもの教育費を含む生活費として月15万円を、前月末日までに振り込むことで合意した。

 しばらくは合意は実行された。ところがまもなく振り込みが滞り始め、振り込まれても合意の額に満たないことが多くなった。

 「約束と違うじゃない!」

 彼女は夫に文句を言った。

 「おれにはおれで、暮らしがある。会社でも閑職に回されて大変なんだ」

 後にわかったのだが、夫はあちこちに相当の借金をため込んでもいた。

 そうこうするうち、夫は、彼女に対する生活費の支払いができなくなることを知りつつ、唯一の財産といえる家と土地を貸金業者に売却した。業者は彼女ら夫婦の状況を知っていたが、自らの債権回収を優先した。

 夫が電話をかけてきた。

 「今日、未払い分を振り込んだ。これで終わりだ」

 「何が終わりよ。勝手なことをして。きちんと生活費を払い続けてよ!」

 
 
生活費確保へ売買取り消せる

   

調停で成立した、婚姻関係の費用(生活費など)についての彼女の権利が、夫と貸金業者との間の家・土地の売買で害されているので、彼女は詐害行為として売買を取り消すよう訴訟を起こすことが考えられる。売買が取り消されれば、夫の資力をとりあえず回復できる。

 ただ、未払い分は支払われているので、将来の生活費などの請求権を守るために詐害行為の取り消しを主張できるかどうかが問題となるが、売買の時点で権利が未発生でも取り消し権は行使できると考える。いったん調停で支払いが決定した以上、調停の前提となった事実関係がかなり確実に続くと見込まれる限り、婚姻費用の分担に関する彼女の債権はすでに発生した権利といえる。彼女は訴えを起こして売買を取り消せる。

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里