彼女(35)の家族は3年半前、県営団地に引っ越した。夫が転職し、新しい職場の近くに住まいを求めたのだ。
団地は5棟からなり、入居者による自治会があった。自治会は会員間の親睦(しんぼく)を図ること、快適な環境を維持・管理し、共同の利害に対処すること、会員同士の福祉・助け合いを行うことを目的とした法人格のない社団だった。
「入会をお願いします。会費は月額500円です」
入居してすぐに、役員から加入を求められた。
「町内会みたいなものですね。よろしくお願いします」
彼女は、加入を承諾した。
しばらくは、自治会から日常の暮らしについてとやかく言われることもなかった。
ところが半年後、自治会の役員が改選され新体制になった途端、様子が変わった。
「美観の問題があり、布団を干す時間を決めます」「ベランダはきれいに使ってください」「階段やポストのゴミやチラシは、率先して片付けてください」「敷地内でのボール遊びを禁止します」……自治会は注意や禁止事項をやたらと決めるようになり、守らない家には役員が訪問して注意するようになった。
「細かすぎませんか。誰にも迷惑をかけていないのに」
息子が敷地内でボール遊びをしていたのを見かけた役員に注意された彼女は、たまっていたうっぷんをぶつけた。
「ここはみんなの場所です」と、中年の役員男性は言った。
「だったら、自治会を脱退します。そんな会にお金を払いたくないので」
「公共的な利益のための会です。退会はできませんよ」
「できないという規則があるんですか」
「特にありませんが、当然です」
会費の支払いをやめると、自治会は督促状を何回も送ってきた。彼女は強い息苦しさを感じていた。 |