「内縁の妻」と言われても

彼女(50)の父は30年前に倉庫業を立ち上げ、母と彼女、弟(48)を養ってきた。母は7年前に他界。今度は父が、心不全で亡くなった。

 「母さんに苦労をかけて好きなように生きてきたから、満足じゃないかな」

 四十九日の法要が終わった席で、弟が何とはなしに彼女に言った。

 「そうね。でも、悪口を言うのはやめようね」

 彼女はそう言いながらも、父の放蕩(ほう・とう)と母の心労を間近に見てきたので、弟の言い分に心の中では同調していた。

 父は18年前から、A子(55)という女性と親密な関係にあった。A子が勤めていたサウナに、父が通ううちに親しくなったらしい。母が亡くなる数年前からは、A子のアパートが父の事実上の“自宅”となっていた。

 父には祖父から引き継いだ不動産があったので、会社がそれほど業績を上げていなくても、日常の生活に困ることもなく、A子にもそれなりのお金をわたしていた。母が亡くなった後に糖尿病を患い、脳血栓で倒れたときは、A子が父の療養看護にあたった。

 父が亡くなったのを機に、A子が何か言ってくるのではないか。彼女の懸念は四十九日の数日後に的中した。

 「私、お父さんの世話をずっとしてきたでしょ……」

 A子が訪ねてきて、彼女に言った。要は、内縁の妻として、財産を分けて欲しいということだった。父の相続財産は、現金は少なかったが、1億円相当の不動産があった。A子は、父から話を聞いていたようだ。

 「勝手に内縁関係になったのはあなたじゃない。差し上げるものはないわ」

 「お父さんも同意の内縁よ。内縁だって妻は妻よ」

 当然のような顔をして主張してくるA子を、彼女は平手打ちしたい思いだった。

 
 
遺産相続権は認められない

 

 内縁の一方の当事者が死んだ場合、相手との財産関係はどうなるのか。法律上の夫婦が離婚した際には、財産分与の制度がある。離婚に当たるような内縁の解消にも、財産分与の考え方は適用されると考えられている。

 しかし、法律上の夫婦が死別した際に認められる相続権は、内縁の配偶者には認められていない。そこで、内縁の夫婦が死別した際は、財産分与の制度を援用して婚姻に準じる関係を保護すべきだとの考え方もありうる。

 A子はこの考えを主張しているようだが、これは、内縁の妻が夫の事業に共同経営ともいえる程度に寄与して共有財産が形成されていたなどの特別の事情がない限り、認められないと考える。死別の際に財産分与による遺産清算の道を開くことは、法が予定していないからである。彼女はA子の要求を拒否できよう。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里