化粧品メーカーに勤める彼女(45)は、1年前に母(当時74)を脳出血でなくした。苦しくても笑顔を絶やさなかった母にいつも励まされてきただけに、しばらくは何も手がつかなかった。
「そろそろ、母さんの遺産について話をしたい」
母がなくなって2カ月後、父(77)が彼女と妹2人に声をかけてきた。
「母さんのマンションや貸家の名義替えをしておかないと面倒だから……」
母は父親が資産家だったので、大小7件の不動産を持っていた。うち5件はマンションや貸家で、賃料や管理費などが相当な額に上っていた。
「相続なんて簡単に決められないわ。まだそんな気分じゃないし」
彼女は母の死から立ち直っていなかった。海外出張中に母が倒れたと聞いて急いで帰国したが、意識不明の母と最後の言葉を交わせなかった。
「でも、手続きは早くすべきだ。家賃も母さんの口座に振り込まれているし」
ことを急ぐ父に、彼女らは反発を感じた。母が裕福だったおかげで苦労もせず、というよりは女遊びをして母を困らせていた父を、娘たちは快く思っていなかった。
「分割協議が終わるまで、家賃は特別の保管口座に入金してもらえばいいのよ」
彼女はこう言って、しばらく時間をおくことを提案。妹たちも賛成し、分割協議は先送りになった。
半年後の分割協議は、父がマンションと貸家を相続することで合意した。「おれも先は長くないから」と言う父に娘たちは押し切られたのだ。しかし、父の次の言葉には、彼女は我慢できなかった。
「保管口座のお金も、父さんが引き継ぐ」
「どうして? みんなで分け合うべきよ!」
娘たちにまったく配慮を示さない父に、彼女は言うべきことは言おうと決心した。 |