彼女(32)は東京都内の広告会社でコピーライターをしている。
大学卒業と同時に、高校時代から付き合っていた1歳年上の彼と結婚した。まもなく長男(8)が、2年後には長女(6)が生まれ、家庭は順風満帆と思われ た。しかし2人の間には、長女誕生の頃からすれ違いが起きていた。航空会社に勤める彼は出張が多く、いつしかアシスタントの女性と関係ができていた。
「すまない。別れて欲しい」
3年前、彼が離婚を切り出した。近いうちにこの日が来ると彼女は予想していた。
「いいわ。でも、子どもたちの責任は持って」
彼を引きとめるつもりはなかった。彼女の収入では、2人の子どもを抱えての暮らしが厳しくなるのは明らかだった。しかし、離れてしまった心を取り戻すことも難しく、養育費を確保して彼女は彼女なりの道を歩もうと考えた。
彼は養育費の支払いを約束した。2人の子が20歳になるまで毎月9万円。彼にとっては、きつい負担だと思う。しかし、彼は欠かさずに指定の口座に振り込みを続けた。
ところが2カ月前から、支払いが止まった。離婚以来、彼との直接の連絡は控えていたし、彼の親族には養育費のことを伝えていなかったので、様子を見ようとも思った。でも、妙な胸騒ぎがした。
「あの……お姉さん、ごぶさたしています。実は……」
彼女は思い切って彼の姉に電話した。
「弟は、亡くなったわ」
姉のひと言に、彼女は心臓が止まらんばかりであった。旅行中、脇見運転をしていた車に追突されたという。
彼女は子どもを連れ、彼の墓に参った。別れた夫とはいえ、寂しさを感じた。一緒に線香をあげて両手を合わせる子どもたち。将来への不安が彼女の胸の内をよぎった。 |