養育費今は払えるよね

 3年前、彼女(42)はひとり息子(10)を連れて離婚した。彼(45)との結婚生活は12年間だったが、女性関係に耐えられなくなったからだ。別れること自体はすんなりと合意できたものの、なかなか解決できなかったのが息子の養育費の問題だった。

 「そりゃ払ってやりたいけど、約束できないんだよ。わかるだろ?」

 離婚調停の場で彼は繰り返した。勤めていた建築会社をリストラされ、再就職のめども立たないとの理由だった。

 「リストラは、あなたの女癖が原因よ! 何でもいいから働きなさいよ!」

 息子の将来のために引き下がれない。彼女は自分にそう言い聞かせながら反論した。

 しかし、1年間に及んだ調停の間も彼は再就職できず、無収入状態が続いた。結局、彼女は調停委員の説得を受け入れ、200万円を解決金として受け取り、今後は名目のいかんを問わず財産上の請求をしない旨合意し、離婚した。

 その後、彼女は母が経営する美容院で働き、月に数万円の収入を得ていたが、母が急死して美容院は閉めることになった。スーパーで店員をしたり夜の工事現場で見張りをしたりと、できることは何でもして息子を食べさせた。

 ところが3カ月前、彼女はPTAの集会で、ある親から話を聞いてびっくりした。

 「この間、前のご主人を見たわよ。運送会社で働いていらっしゃるのね」

 離婚後、彼は遠くにいる女性のもとに身を寄せているらしいと聞いていたので、近くに戻っているとは思ってもいなかった。地域の運送会社やかつての同僚に片っ端から聞いて回り、彼が勤めている会社を突き止めた。収入も悪くないとのことだ。

 「久しぶりね……」

 彼女は、会社にいる彼をつかまえた。突然現れた彼女の姿に、彼は驚きを隠せないのがありありとわかった。

 
 
事情変われば合意は白紙も

 

 父母は成人していない子に対して自分と同じ程度の生活を保障する義務を負い、子が父母のいずれに養育されている場合であっても、生活水準の高い方の親と同じ程度の生活が保障されるべきである。

 確かに、離婚に際して将来の財産上の請求を放棄し、子を引き取る側の親が養育費などを負担する合意も、未成年者の福祉を害するなどの特段の事情がない限り有効である。

 しかし、扶養の方法などについての協議や審判の後で、親の側または子の側の事情に変化が生じたときは、家庭裁判所はその協議や審判を取り消すことができるとされる。

 彼女は前夫に収入ができたという事情の変化を理由に家裁に合意の取り消しを申し立て、養育費の支払いを受けられる可能性がある。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里