「あの人の遺言ったら…」

 「あの人ったら面倒な遺言を残して」。彼女(57)は、3カ月前に急死した夫の大吉が書き残した自筆証書遺言を前につぶやいた。遺言には次のように書かれていた。

 「(1)自宅の土地と建物は、妻が相続する(2)○○町××の土地と建物は、弟の中吉と小吉に遺贈する(3)大吉会社の代表は妻が務め、中吉と小吉は妻 を補佐する(4)山田太郎から買い受けた△△町の土地と倉庫は、妻に遺贈する。右の土地及び倉庫は、会社経営中は置き場として必要なので、一応そのままに して、妻の死後、中吉と小吉が2分の1ずつの割合で権利分割し所有する。換金が難しいので、大吉会社に賃貸し収入を右割合で各自取得する」

 夫の大吉は35年前、食料品スーパーを運営する会社を起こし、隣接県内に20店舗を展開するまでに育てた。彼女との間に子どもはいない。相続人は彼女と、10年前に経営に参加した弟の中吉(54)と小吉(52)だった。

 彼女は、(2)について弟たちが了承してくれれば、何も問題ないと思っていた。

 「○○町の不動産をおれたちに、か。兄貴も考えてくれたね」。中吉も小吉もすんなりと了承したかに見えた。彼女はさっそく、自宅と(4)の土地と倉庫を自分名義へ移す準備を始めた。

 ところが最近になって、中吉と小吉が、(4)の不動産は自分たちにも権利があると言い出した。「姉さんの単独所有は了解していないよ。どうして勝手に登記を移しちゃうんだい?」「了解してくれたんじゃないの?」。彼女は、唐突な2人の反論に驚いた。

 「遺言をよく読めば、(4)の不動産はおれたちにも贈与されているってことさ」。中吉は、遺言の内容を誰かに相談したかのようだった。

 「そんな……きちんと『妻に遺贈』とあるじゃない」。彼女は今さら何よと言いたい気分になっていた。

 
 
形式的な解釈では不十分

 

 遺言の解釈は、遺言書の文言から形式的に判断せずに、遺言者の真意をはかるべきだ。

 遺言書が多数の条項からなる場合に特定の条項を解釈するときは、その条項だけの文言を形式的に解釈するだけでは不十分。遺言書のすべての記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して、その条項の趣旨を確定すべきだろう。

 このケースの(4)は、形式的には彼女への単純遺贈か、ある条件や期限を満たすと他の者に移転する「跡継ぎ遺贈」か、妻が将来弟たちに所有権移転の義務を負う「負担付き遺贈」か、何通りにも解釈でき、一義的に定まらない。

 解釈の分かれる遺言を避けるために、公正証書遺言を活用したい。

 
  筆者:角田圭子、籔本亜里