私が撮った写真なのに

 彼女(32)が会社を辞めて写真家になってから1年がたとうとしていた。退職後、彼女は半年海外を転々とした。まずは、数百年の歳月が作り出した各地の自然を自分の視点でシャッターに収めることから始めようと思ったのだ。

 帰国後、彼女はある広告会社のプロデューサーと知り合い、撮りためた写真をみてもらう機会を得た。

 「うーん。メルヘンのような世界だね」。プロデューサーはある写真にじっと見入った。「北米の小さな田舎町の湖ですが、町の暮らしに欠かせない場所なんです」。彼女は、湖の横に小さく映ったボートの船着き場、ボートを乗降する人々の姿を指さした。

 「太陽光をうまく使い、色合い鮮やかに撮っている」。プロデューサーはすっかり気に入ったようだった。そして数日後、旅行向けのポスターに使ってくれることが決まり、代金70万円で著作権を譲渡する契約を締結した。

 3カ月後、ポスターができあがった。オーストラリアに取材旅行に出かけていた彼女のもとに、関係者の間で好評だというメールが届いた。彼女は安心し、少し自信を持てるようになった。

 ところが帰国後、彼女は自宅に届いていたポスターを見てあぜんとした。「こんなの私の写真とは違うわ!」

 写真の横にあった船着き場や人々の部分がカットされていた。湖畔の木々の濃緑は別色に加工され、大きなキャッチコピーがのせられていた。

 「なぜ、船着き場がカットされているんですか! 色も変えられているなんて!」。彼女はプロデューサーに抗議した。「船着き場は今回のポスターには特に要らないとの判断でね。緑はコピーとの兼ね合いがあって明るくしただけ」。プロデューサーはこともなげに答えた。

 精魂込めて撮った作品への勝手な改変。彼女は強く憤り、損害賠償を考えた。

 
 
翻案権、著作者人格権を侵害

 

 このケースでは、著作権の譲渡契約が締結されている。とはいえ、契約に特に記されていない限り、自己の著作物を無断で創作的加工をされない権利(翻案権)は著作者に留保される。従って、彼女は翻案権侵害を主張できる。

 一方、彼女は著作者人格権も持つ。これは著作者の名誉や感情を守るための権利で、譲渡はできない。無断で著作物を改変されないという同一性保持権が含まれる。

 著作物の性質や利用目的によってやむをえない改変であれば、例外的にその侵害にはあたらない場合もある。しかし、このケースでは写真の重要な要素である船着き場や人物の無断カット、色の無断改変は同一性保持権を害しているといえ、彼女は損害賠償を請求できるだろう。

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里