いつの間に養子縁組を

 

「えっ、これって……?」

 半年前、彼女(50)は戸籍謄本を見てびっくりした。父格之助(83)と、彼女が兄妹同様にしてきた助三郎(58)との間で1年前に養子縁組がされていたからだ。

 助三郎は、父の親友のひとり息子。親友夫妻が戦火で亡くなったため、幼かった彼を父母が引き受けて育てた。父の家は地主農家で、近辺に多数の土地や建物を持ち、預貯金もあって余裕があった。父と彼は法的に親子ではなかったが、彼が成人し結婚するころまでは、格之助一家の一員として特に問題はなかった。

 ところが、20年ほど前、助三郎が結婚したころから、一家との関係にすき間風が吹き始めた。助三郎の妻と彼女の母との仲がうまくいかず、次第に彼らは一家から離れていった。

 「いつの間に助三郎さんが父の養子になったの? 私は聞いていないわよ」。戸籍に驚いた彼女は、すぐに助三郎に電話をかけて尋ねた。

 「ああ、いろいろあってね。おやじさんがいいよと言ってくれたんだ」。助三郎は平静を装いながらも歯切れの悪い答えを返し続けた。

 「だから父は何て言ったの?」。彼女はいら立った。長電話の末、1年前に彼が突然父を訪ね、養子縁組の話を持ち出し、数日のうちに父の署名押印をもらって手続きを済ませたことがわかった。

 実は、父は5年以上前から認知症と診断され、年々症状が悪化していた。記憶障害や妄想がひどく、自分がいまどこにいるのかわからないこともしばしば。しかも、1年前といえば母が亡くなった直後で、父は放心状態だった。

 「ずっと疎遠で、父の世話も私がしてきたのに、今になって親子だなんて……」

 彼女は、父の財産狙いがあるのではないかと疑念を抱かざるを得なかった。

 
 
当事者間の意思がなく無効

養子縁組には、当事者間の縁組意思が届け出時点で存在することが必要だ。縁組意思とは、親子と認められる身分関係の創設を求める意思のこと。縁組の効果によっては養親の推定相続人に財産上重大な影響を及ぼす場合もある。

 このケースでは、格之助は認知症で、判断能力は著しく低下していた。彼女がその世話を一手に引き受けてきた一方で、助三郎が法律上の親子関係を形成しなければならない必要性が判然としない。

 養子縁組は助三郎の相続分を増やす一方で彼女の相続分を減らすが、そのような重大な利害関係のある彼女に養子縁組の事実が秘密にされてきた。これらのことから格之助が養子縁組の意味を理解し、真意でその署名押印をしたとはいえない。彼女は家庭裁判所に調停を申し立てるか、訴訟を起こすことで、養子縁組の無効を主張できるだろう。

 
  筆者:菱田貴子、籔本亜里