半年前、彼女(50)の父は82歳で亡くなった。東北で農業一筋でやってきた。苦労したせいか、子どもには堅気の仕事に就くよう言い続け、その結果、彼女と長兄(56)、姉(54)は公務員になった。
厳しい家庭だった。朝は5時起き。まずは家のなかをみんなで一通り掃除をする。それから朝ご飯。夜遊びなど、まずできなかった。
そんな環境に、次兄である次郎(52)は反発した。酒と絵を描くことが大好きで、定職につかず奔放な生活を送っていた。そして5年前、父と激突して家を飛び出した。
「連絡先を知っているか?」。葬式が済んだ夜、長兄が、母(80)、姉、彼女の集まった席で次郎の消息を尋ねた。誰も知らなかった。「相続からはずされたって聞いたけど」。姉が母の方を向いて聞いた。
「お父さんといろいろあってね」。葬式で疲れ切った母は、弱々しく答えた。5年前、絵を描くためにお金が必要だと言って次郎が母に相談し、父に無断で土地を売ったところ、結局、酒や遊興に使ってしまったことが父にばれ、勘当同然になった。そして、父はとうとう次兄を相続人から外す「廃除手続き」を裁判所にとったのだ。
「でも、やっぱり了解しておいてもらったほうがいいんじゃないかしら」。彼女は、次郎の奔放さにどこかあこがれており、憎めない気持ちを持っていた。結局、相続の話は1カ月先に持ち越し、次郎を捜すことになった。
しかし、次郎の行方はわからずじまい。「仕方ない。おれたちで決めよう」と長兄が言い出したとき、母が封書を差し出した。その前日、父の戦友が父の遺言だと言って持ってきたという。
「次郎の廃除は解け。財産は兄弟4人で平等に分け、母さんを大切に」。震える字で書かれた言葉に、彼女は「父」をしみじみ感じた。 |