大事な荷物が届かない

 

彼女(35)は社会学を専門とする大学助教授。過去数十年にわたる婦人雑誌の変遷をもとにわが国の女性ファッションや商品開発の動向を研究してきた。

 3カ月前、神戸の大学への栄転が決まった。引っ越しは電話帳に大きな広告を出していた業者に依頼した。

 引っ越し当日、業者は予定時刻よりもかなり遅れて到着し、すでに他人の荷物が積まれたトラック2台に、彼女の荷物を急いで積み込んだ。荷造り作業も荒っぽかった。

 翌々日、トラックは予定より2時間遅れて引っ越し先に到着した。作業員は、見積もりでは4人のはずなのに3人だけ。数時間かけて荷下ろししたが、冷蔵庫や食器棚に傷ができ、パソコン1台と段ボール3箱がなかった。段ボールには彼女の仕事上重要な書籍や資料、これまでの研究論文のもととなった雑誌の集積データのMOが入っていた。

 「大切な資料よ。大至急探してちょうだい!」。荷下ろしに来た若者とは話にならず、彼女は神戸の営業所に急ぎ連絡した。「倉庫内は電気がないので今日は探せません。明日探しますから」

 その後、彼女は何度も電話して問いただしたが、業者は「探しているところです」との返事に終始した。

 数日後、営業所の担当者がわびにやってきた。「家具などは補修の業者をよこします。パソコンは、○○社製ならすぐに調達できますが、他社のものなら立て替えで購入願えますか」

 「じゃあパソコンは買うわ。それより、段ボールよ。とても重要なMOが入っていたの。どうなるの?」

 「何枚くらいですか? 立て替えで買っていただければ弁償しますが」

 「タダのディスクじゃないの! 長年の地道な研究成果よ!」。業者のあまりの無頓着な反応に、彼女は怒りを爆発させた。

 
 
運送人の重過失なら賠償も

一般的に、運送人の損害賠償責任は、大量の運送品を扱う運送業の特殊性を考慮し、一定額に制限されている。もっとも、運送人に重過失がある場合はその原則は外れ、一切の損害を賠償する。

 このケースでは、業者の荷物の管理体制がずさんで、紛失原因が不明なことから、業者に重過失があると認定される可能性が高い。

 重過失がある場合の損害額だが、MO内のデータは、彼女がこれまで蓄積した数十年分の基礎データであり、将来の彼女の業績を積み上げるもとでもある。再収集には相当な時間がかかると考えられ、彼女が被った精神的打撃も大きい。これら損害は業者の不法行為で発生したといえ、再収集の時間などをもとに算定される相応の金額を賠償請求できよう。

 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里