彼女(56)が彼(64)と出会ったのは3年前。当時彼は、妻が心臓病で長期入院していたので1人で生活していた。炊事や洗濯で難儀していた彼の様子を見かねた友人が、彼女を家政婦として紹介したのだ。彼女は、12年前に夫に先立たれていた。
半年後、彼の妻が亡くなると、2人の関係は深まった。落ち込む彼をいたわりながら、淡々と身の回りの世話を続ける彼女の存在が、彼の中で日々大きくなっていった。
1年前、彼に結腸がんが見つかり、手術することになった。彼女は内職の洋裁を休んで駆けつけ、看護した。手術は無事終了し、2カ月後に退院。彼は彼女にこう言った。
「家内の三回忌がすんだら、君を籍に入れたい」。思いもよらない彼のプロポーズに彼女はすぐに返答ができなかった。「まずは体を大切にしてくださいね」。彼はほほえんで小さくうなずいた。
しかし半年後、がんが再発し再入院。彼女は病院に寝泊まりしながら、以前にもまして彼の看護に努めた。
5カ月後、すっかり衰弱した彼が彼女を呼んで言った。「ありがとう……このままじゃお前が可哀想だから、財産を半分譲るよ」
彼は便箋(びんせん)とペンを執り、死後財産の半分を長男に、残り半分を彼女に譲る旨の書面をしたためた。そして10日後、彼は静かに息をひきとった。
ところがこの遺言に彼の長男が文句をつけた。「字が震えていてほとんど読めない。こんなの遺言じゃないよ」
長男は遺言書を彼女の前に投げ出し、彼女の遺産取得に反対した。実際、「長男○○と二入」で「半分づづ」というような誤記や判読できない部分があり、日付の記載も不十分だった。
「でも、ここには彼の気持ちが込められている。私にはとてもありがたい」。彼女は彼の手紙を両手に持ち、静かに目を閉じた。 |